武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

巨匠ニキータ・ミハルコフが見据えた戦争の悲劇~『戦火のナージャ』

投稿日:2011年5月17日 更新日:

戦火のナージャ
(C)2010,GOLDEN EAGLE
ロシア映画界を代表するニキータ・ミハルコフ監督が戦争巨編を放った。
これまでタブーだったスターリンの大粛清にメスを入れ、古き良きロシアへの郷愁を映像に焼き付けた愛憎劇『太陽に灼かれて』(1994年)の続編である。
ロシア革命の英雄コトフ大佐(ミハルコフ監督が演じる)が粛清の嵐の中で、幸せな家庭を崩壊させられ、自らは強制労働収容所送りに。
それから5年が経った。
第2次大戦中、もっとも死傷者が出た独ソ戦が勃発した日、コトフは収容所を脱出する。
その父親を愛娘ナージャ(ミハルコフの実娘ナージャ・ミハルコフ)が従軍看護師として戦地を転々しながら、捜し求める。
父娘の絆の深さをじんわりと、かつ強烈に描きあげる。
そこにかつてコトフをスターリンに売ったKGB(秘密警察)の幹部ドミートリが絡んでくる。
記録上、銃殺されたはずのコトフが生きていると知ったスターリンが、ドミートリに捜索を命じたのである。
極度の人間不信に陥り、病的なほど執念深いスターリンをミハルコフ監督は徹底的に皮肉る。
コトフとナージャの父子が目にした戦場の光景は想像を絶するほど惨たらしい。
ソ連時代、国家的威信をかけて戦争映画がいくつも作られたが、ここでは国家ではなく、ロシア人個人が見た戦争をあぶり出している。
ロシア映画史上最高の製作費をかけた作品だけに、ハリウッドも顔負けの大仕掛け。
しかも容赦なく悲劇を掘り起こす。
正直、眼を覆いたくなるシーンも少なくない。
そういう修羅場を描くことで、ナチス・ドイツに屈しなかったロシア人の不屈の精神を謳い上げているようにぼくには思えた。
それが昨今のロシアの保守主義・民族主義と重なり、ちょっぴり違和感を抱いたことは否めない。
それでも見ごたえ十分だ。
ミハルコフ監督は、すでに3部作の最終編の製作に入っているという。
父娘物語に猛烈なエネルギーを注ぐ監督の姿勢には敬意を表したい。
★★★★
☆関西での公開日と劇場を次の通り。
5月21日(土) 大阪・テアトル梅田
5月28日(土) 神戸・元町映画館
7月2日(土)  京都シネマ

-映画

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

ビートルズ愛が凝縮したイギリス映画『YESTERDAY イエスタデイ』(10月11日公開)

ビートルズ愛が凝縮したイギリス映画『YESTERDAY イエスタデイ』(10月11日公開)

『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』など英国のミュージシャンを描いた映画が相次いで製作されていますが、極めつけはこれかな!? 10月11日公開の『YESTERDAY イエスタデイ』。 名匠ダニ …

3月20日のジュンク堂書店難波店でのトークセッション、オンライン参加もOKです~(^_-)-☆

3月20日のジュンク堂書店難波店でのトークセッション、オンライン参加もOKです~(^_-)-☆

以前、お伝えしましたが……。 3月20日(日)17時~、ジュンク堂書店難波店で拙著『フェイドアウト 日本に映画を持ち込んだ男、荒木和一』(幻戯書房)のトークセッションが開催されます。 Zoomによるオ …

ウイスキー専門雑誌『Whisky World』休刊に~!

ウイスキー専門雑誌『Whisky World』休刊に~!

師走ですね。 日本で唯一のウイスキー専門誌『Whisky World』(ゆめディア)の最終号が届きました。 2005年4月に創刊され、67号の今回をもって休刊となります。 ぼくは創刊号から『映画にみる …

あゝ、可憐なドヌーヴ、『シェルブールの雨傘』~♪

あゝ、可憐なドヌーヴ、『シェルブールの雨傘』~♪

かれこれ20年ほど前になるでしょうか。友人の紹介で、ぼくは矢野宏さんとご縁を持つことができました。彼は正真正銘、現役のジャーナリストです。 友人として、呑み仲間として、ぼくの悩み事の相談者として、そし …

映画『ボックス!』~ボクシングに打ち込む大阪の高校生を熱写~!

映画『ボックス!』~ボクシングに打ち込む大阪の高校生を熱写~!

      (C)2010 BOX! Production Committee ボクシングに打ち込む高校生の青春映画。 舞台は大阪の下町。 それだけで熱く感じてしまうが、市原隼人を主演に起用したことで …

プロフィール

プロフィール
武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。