一昨日(9月6日)、京都・東山の南禅寺近くにある市国際交流会館で、ろうあ教育に尽力した高橋潔氏の生きざまを描いた自主映画『ヒゲの校長』を観てきましたが、その前に岡崎公園から南禅寺辺りを散策。
趣のある料亭や古風な旅館が立ち並ぶ参道の先に南禅寺の総門がデンと構えていました。

その門を目に捉えた瞬間、古巣新聞社京都支局での記者時代にタイムスリップしてしまった!
ほど近い岡崎の市立動物園で町ダネの取材を終えて出てきたら、顔見知りの川端署のお巡りさんが血相を変えて自転車のペダルを漕いでました。
「何かあったんですか?」
「南禅寺でとんでもない事故があったみたいなんや」
「えっ! すんません、自転車の後ろに乗っけてくださいよ」
「そんなんアカン、アカン」
仕方なく疏水べりから参道をダッシュ。
青息吐息で現場に到着すると、すさまじい光景に腰を抜かしそうになりました。
何と、クレーン車が門をぶっ潰していたんです!!
事故発生(午前9時45分ごろ)から45分後で、もちろん一番乗り〜!
反射的に常に携帯していたカメラでいろんな角度から事故現場を激写。
そのあと近くの公衆電話から支局のデスクに事故のあらましを伝え、門に戻ると、クレーン車の運転手が呆然と立ち尽くしていました。
ラッキー、独占取材できるぞ!
訊くと……。
「1週間前に通ったときには何もなかったので、今回も通れると思ったんやけど……」
「えっ、そんなアホな」
その後、悄然とする運転手を警察官がパトカーに乗せて署へ連れて行き、しばらくすると他社の記者やテレビクルーがどっとやって来ました。
ホンマ、早く来てよかった。
フィルムは駐車場に停まっていた◎◎タクシーの運転手にぼくの名刺を添えて「◯◯新聞の京都支局へ」と託し、それからベンチに座って取材ノートに原稿を走り書き。
当時、スマホはないので、原稿送り(送稿)は電話ですが、公衆電話が京都新聞の記者に使われていたので、土産物店で電話を借りようとしたら、近くの店は軒並み他社の記者に押さえられていた。
ガーーン!
結局、かなり離れた土産物店に行かざるを得ず〜(涙)
原稿を送り終えたとき、デスクから「寺の話を聞いてこい」と言われ、Uターンし、またも寺務所へダッシュ。
走ってばっかりや!
まさに昭和のアナログ取材。
こんなふうに一昨日、その時のディテールがまざまざと甦るという不思議な体験をしたんです。
帰宅後、スクラップ帳をめくると、昭和55(1980)年12月17日夕刊の社会面トップ記事でした。

そういえば、NHKの昼のニュースでもトップで報じられていました。
あゝ、46年前、26歳のときか、若かったなぁ……。