武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

栄光からの転落、自分の居場所を求めて~『レスラー』

投稿日:2009年6月16日 更新日:

2代目タイガーマスクとして活躍したプロレスラーの三沢光晴さん、そしてレフェリーの田辺哲夫さんが、相次いで試合中に亡くなりはりました。ご冥福をお祈りします。
最近でこそあまりプロレスを観なくなりましたが、中学・高校のころ、ぼくはかなりのプロレスマニアでした。
難波の大阪府立体育館にしばしば足を運び、試合後のTVインタビューに臨むジャイアント馬場の汗まみれの背中をピシャピシャ叩いたり、「リトル・タケ」というリングネームをつけ、体育館や教室で友達と技をかけ合ったり。いっぺん失神寸前になったこともあります。
一番好きなレスラーは、「鉄の爪」ことフリッツ・フォン・エリックでした。握力勝負という単純明快な必殺技アイアン・クロウにしびれた~~。ちなみにぼくの得意技はドロップキックでした~!
そんなこんなでプロレスは、K1や総合格闘技とはまた違った意味で、いまでも気になる“スポーツ”です。
そのレスラーの生きざまを赤裸々に描いたアメリカ映画が公開されています。タイトルは、ズバリ、『レスラー』。以下、日本経済新聞に載ったぼくの映画評です。
  *      *      *      *      *
レスラー(新)
©Niko Tavernise for all Wrestler photos
1980年代、銀幕でセクシーな魅力を振りまいたアメリカ人男優ミッキー・ローク。正直、ぼくには完全に過去の人になっていましたが、この映画で見事、カムバックを果たしました。それだけでも興味をそそられますね。
ロークが演じたのは、20年前、全米を沸かせた人気プロレスラーのランディ。今やすっかり落ちぶれ、興行で田舎町を転々とし、老骨にムチ打ってリングに上がっています。名誉、家族、金、愛。全てを失い、トレーラーハウスでの独り暮らし。猛烈に孤独だ。さらに持病の心臓病と将来への不安、恐怖が重なる。
そんな中年男がもがきながらも、自分の居場所を求めて奮闘するんです。悲壮感がにじみ出る壮絶な生き方。ダーレン・アロノフスキー監督は主人公との程よい距離感を保ちつつ、濃密な人間ドラマに仕上げています。生きることの辛さを痛烈にあぶり出すと同時に、素晴らしさも謳い上げていました。
ランディが俳優ロークその人! 実際、脚本は彼を念頭に置いて書かれました。ロークは3か月間、みっちり肉体を鍛え上げ、プロレスのイロハを覚え、映画に臨んだという。全てスタントマンなしの体当たりの演技。コーナーポストの上で仁王立ちし、リングの中央へとジャンプする必殺技が冴える。プロレスラー顔負けです。56歳。恐れ入る!
ランディが心を許すシングルマザーのストリッパー、キャシディ(マリサ・トメイ)との絡みが絶妙でした。互いに心に傷を負った者同士。少し怯えながらも、接近していく2人の吐息が切々と伝わってきます。トメイのこなれた演技にぼくはため息がもれました。巧い!
1人娘ステファニー(エヴァン・レイチェル・ウッド)との関係修復を図るくだりも秀逸。そこでダメ親父ぶりをさらけ出すのですが、この男の生き方自体が愚直そのもの。直球しか投げられない不器用なところになぜか男気を感じました。1時間49分。
(日本経済新聞2009年6月12日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)

-映画

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

9月11日(水)、キセラ川西プラザで『キネマかわにしプレミアム上映会 古川昌希と巡る名画の旅』を開催

9月11日(水)、キセラ川西プラザで『キネマかわにしプレミアム上映会 古川昌希と巡る名画の旅』を開催

毎週金曜朝のABCラジオ「おはようパーソナリティ 古川昌希です」。 時々、ぼくがスタジオに呼ばれ、「名作スルー男」のキャスター、ふるぽん(古川アナ)と映画談議を交わしていますが、それが発展した企画が生 …

周防正行監督の新境地~『ダンシング・チャップリン』

周防正行監督の新境地~『ダンシング・チャップリン』

余震が多いですね。 一体、いつまで続くのでしょうか。 自然よ、もうこれ以上、被災地をいじめないでほしい~!! そう願わざるを得ない心境です。 大学の講義を終え、そんなことを考えながら、地下鉄に乗ると、 …

モビィ・ディック(巨大白鯨)は実在していた~! アメリカ映画『白鯨との闘い』

モビィ・ディック(巨大白鯨)は実在していた~! アメリカ映画『白鯨との闘い』

大昔、ハリウッド俳優グレゴリー・ペックが主演した『白鯨』(1956年)という映画がありました。   バカでかいマッコウクジラ「モビィ・ディック」に片足を食いちぎられたエイハブ船長が、復讐心を …

いきなり533人の父親に~!? カナダ映画『人生、ブラボー!』

いきなり533人の父親に~!? カナダ映画『人生、ブラボー!』

こんな映画があってもいいと思います。   後味がめちゃめちゃいいもの。        ☆     ☆     ☆     ☆     ☆ (C) 2010 DIMS Film, L …

お知らせです~映画のカルチャー

お知らせです~映画のカルチャー

気がつけば、15年も経っていました。   サンケイリビングカルチャー倶楽部の『シネマ鑑賞力養成講座』(以前は「シネマ心模様」)です。   最初からの受講生の方もおられます。 &nb …

プロフィール

プロフィール
武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。