6月 15

池井戸潤の原作、初の映画化作品~『空飛ぶタイヤ』(14日公開)

「半沢直樹」「下町ロケット」「陸王」などテレビドラマ化が相次ぐ作家、池井戸潤の原作で初の映画化作品。

企業の不正にメスを入れた娯楽作に仕上がった。

逆転劇が実に爽快だ。

©2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会

運送会社のトレーラーが走行中に突如、前輪タイヤが外れ、通行人の主婦を直撃、即死させた。

全く想定外の出来事だった。

車体を製造した自動車会社の調査によって運送会社の整備不良と判断される。

社長の赤松(長瀬智也)は車両の欠陥ではないかとメーカーの担当課長、沢田(ディーン・フジオカ)に再調査を要求するが……。

©2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会

運送会社の厳しい経営状況を前面に打ち出し、赤松が窮地に陥っていく姿を軸に据える。

彼を支える社員の団結ぶりが共感を呼ぶ。

©2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会

そこに自動車会社、同社と深い関係にある銀行の動きが並行して描かれる。

さらに担当刑事、週刊誌記者、家族、遺族、他の運送会社社員が絡み、物語を重層的に構築していく。

ドラマの牽引役は赤松、沢田、銀行本店営業部の井崎(高橋一生)。

別々に行動する3者の思いがやがて集約し、重大な疑惑が浮上してくる。

サスペンス風の展開が何とも小気味よい。

©2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会

とりわけ沢田が社内で同志の社員と隠密行動を取るくだりが非常にスリリング。

常務取締役の狩野(岸部一徳)が時代劇の悪代官のように思えた。

本木克英監督の演出はテンポとキレがよく、ぐいぐい引きずり込む。

複雑な人間関係も手際よくまとめられ、作品を覆う濃密な空気に酔わされた。

赤松に扮した長瀬の演技はやや熱すぎたが、クールさが際立つ沢田役のフジオカと好対照となり、メリハリをつけた。

ただ井崎役の高橋の影が薄かった。

企業の不正と隠蔽を断じて許さない。

良識ある者は報われる。

勧善懲悪的な内容とはいえ、何度も心を揺り動かされた。

芯のある「企業映画」だ。

2時間

★★★★(見逃せない)

☆14日から大阪ステーションシティシネマほかで全国公開

(日本経済新聞夕刊に2018年6月8日に掲載。許可のない転載は禁じます)

6月 14

Osaka Metroのアプリ『Otomo!』にぼくのエッセイ「〈映画のふるさと……難波!〉が掲載中

Osaka Metro(旧大阪市営地下鉄)のアプリ「Otomo!」に掲載中のぼくのエッセイです。

タイトルは、『〈映画のふるさと〉……難波!』

これ、拙著『大阪「映画」事始め』(彩流社)を上梓した2年前から訴えていることです。

  ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

大阪見物をしたいと先日、東京から知人が来阪しました。

ありきたりな観光スポットでは芸がない、どこか穴場がないものかとあれこれ思案していると、この人が大の映画好きで、歴史にも興味を持っていることを思い出し、ならば、ここしかないと連れて行ったところが難波でした。

夕方、待ち合わせ場所の梅田で再会し、難波へ行くと告げると、「何度も行ったことありますよ」と怪訝な顔を。

ぼくはニタニタ笑い、「あっと驚く知らない難波ですよ」。

なんば駅に向かうOsaka Metro御堂筋線の車中でのやり取り。

「今や映画と映像が世の中にあふれ返ってますが、そもそも日本で最初に映画の興行が行われたのはどこか知ってはりますか」

彼は即座に「京都でしょう」

ブーッ、ハズレ。

「ちゃいますよ。大阪です。それも難波」

「えっ!」

なんば駅の南改札口から地上に上がったところに「TOHOシネマズなんば」や「なんばマルイ」などが入る複合商業ビルの東宝南街ビルが建っています。

向かい側は荘厳な外観を呈する髙島屋大阪店です。

東宝南街ビル

「かつてここにあった南地演舞場で、映画が初めて一般公開されました。入場料を取って観せたので、日本における映画興行の始まり。今から121年前のことです」

このあとぼくはかいつまんでこんなふうに説明しました――。

時は明治30(1897)年2月15日。その映画とはフランスの映写機シネマトグラフによる映像。

南地演舞場は「南地五花街」の綺麗どころの技芸向上を目的に造られた豪勢な木造家屋でした。

長らく存続していたのですが、戦時中の建物疎開で撤去されました。

南地演舞場(『近代大阪の建築』大阪府建築士会1984年)

シネマトグラフは、リヨンのリュミエール兄弟が発明した世界最初のスクリーン投影式映画です。

商用でフランスを訪れていた京都の実業家、稲畑勝太郎さん(稲畑産業の創業者)がその装置とフィルムを持ち帰り、ここで一般上映したのです。

稲畑勝太郎さん(『稲畑八十八年史』 稲畑産業1978年)

シネマトグラフの装置(左)、右は投光器(リヨンのリュミエール研究所で筆者が撮影)

当時、ドラマなんてものはなく、風景や人物の実写だけ。

それも上映時間が1分~3分と短い。それでも写真が動いたので、みなびっくり。

2週間にわたって公開され、連日、押すな押すなの大盛況でした。

「ここに映画興行発祥地の碑文がありますよ」

戎橋商店街から東宝南街ビルのエレベーター乗り場に知人を導き、奥の左手の壁にはめ込まれた銅板プレートを指さしました。

これは昭和28(1953)年、以前あった南街劇場が完工された際、東宝社長の小林一三さんが歴史的事実を知って作ったものです。

髙島屋前から北に戎橋商店街を臨む

戎橋商店街から見たエレベーター乗り場

「映画興行発祥地」の碑文

「このモニュメントの存在を知らない人が多いでしょうね」

「そうなんです。表の商店街に『映画興行発祥地』の説明板を立てれば、観光客にもアピールできると思うんですが……」

さらにぼくは言葉を紡ぎました。

「ここは映画が一般公開されたところですが、最初に試写上映されたのは別の場所なんですよ」

碑文に目を通していた知人は反射的に振り向きました。

「えっ、試写ですか? シネマトグラフの?」

「ちゃいます。もうひとつ別の映写機があったんです。それはエジソン商会が販売したアメリカ製の映写機ヴァイタスコープ。エジソンというのはあの有名な発明王です」

東宝南街ビルを離れ、髙島屋西側のパークス通りを200メートルほど南下し、大きな換気塔がそびえる「難波中」交差点の北東角に来ました。

南側には複合施設のなんばパークス。

かつて南海ホークスの本拠地、大阪球場がありました。

あゝ、懐かしい……。

パークス通りを南に臨む

「難波中」交差点

「心斎橋の舶来品雑貨商、荒木和一さんという人が渡米中、シカゴでヴァイタスコープの映像を観て驚き、すぐにニューヨークへ向かい、エジソンと直談判の末、装置とフィルムを輸入しました。そして明治29(1896)年12月のある日、この場所にあった福岡鉄工所で試写を行ったんです」

荒木和一さん(同志社大学図書館『荒木英学文庫目録』 1978年)

ヴァイタスコープの装置
(『シネマの世紀 映画生誕100年博覧会』カタログ 川崎市市民ミュージアム1995年)

福岡鉄工所(『成功亀鑑』1907年)

ぼくが一気に説明すると、東京のジェントルマンはいたく興味を示しました。

「どうして鉄工所で?」

「ヴァイタスコープは直流の電動式やったんですが、大阪の電気は交流。そのままだと動かないので、電気変換器が必要になり、あちこち探し回ったところ、福岡鉄工所に変換器があるのがわかったんです」

「なるほど」

「京都で行われたシネマトグラフの試写はこれよりもずっと後のこと。つまり、日本で初めて映画がスクリーンに映されたのはこの場所に間違いないと思いますよ」

荒木さんは試写上映をいち早く成功させながら、一般公開はシネマトグラフに先を越され、1週間後の2月22日から3日間、難波の北西1.4キロ離れた西区の新町演舞場でヴァイタスコープの興行を打ちました。

「フランスのシネマトグラフとアメリカのヴァイタスコープ。映画の渡来をめぐり、こんなドラマチックな攻防があったとは全く知らなかった。それも大阪が舞台だったんですね」

東京の客人はやや興奮気味。

「はい、大阪の中でも難波です。映画の初上映と初興行の地なので、難波が日本における〈映画のふるさと〉と言ってもいいでしょう。このことをもっとアピールせなあきませんね」

気がつくと、薄暮になっていました。

阿吽の呼吸で2人して近くの居酒屋へ直行。

想定外の大阪見物を体験した知人は「確かにあっと驚く知らない難波でした」と満足そう。

ぼくの方もひと味違った〈おもてなし〉ができ、うれしかったです。

そして乾杯! 

ビールが美味かった。 

6月 13

『映画・ウイスキー…エトセトラ in SCOTLAND!』、24日(日)、とよなか国際交流センターで!

以前にも告知させてもらいましたが……。

『映画・ウイスキー…エトセトラ in SCOTLAND!』(日本スコットランド交流協会関西支部主催)。

こんなタイトルで、脱線しまくりながら(笑)、お話しします。

24日(日)14時~16時、とよなか国際交流センターで。*阪急宝塚線「豊中」駅西隣

まだ少し残席があるようです。

知的好奇心をそそられた方(笑)、お気軽にどうぞ~(^_-)-☆

6月 08

カンヌ映画祭パルムドール受賞作~『万引き家族』

家族のあり方を問う映画を次々と手がける是枝裕和監督。

最新作もその路線だが、意表を突く想定外の物語だった。

犯罪を介したワケあり家族……。

カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドール受賞作。

大都会の真ん中にポツンと建つ古びた平屋の一軒家。

室内は散らかし放題で、とにかく汚い。

そこに5人家族が暮らしている。

日雇い労働者の父親(リリー・フランキー)、クリーニング店で働く母親(安藤サクラ)、彼女の妹(松岡茉優)、息子(城桧吏)、そして祖母(樹木希林)。

下品な言葉が飛び交い、喧嘩も絶えない。

しかし常に会話があり、みな自然体で、表情が明るい。

どこか昭和の匂いが感じられる。

この家族の実像が冒頭から暴かれる。

スーパーで父親と息子が万引きをするのだ。

祖母の年金と夫婦の収入でやり繰りできなくなると、安易に犯罪に走る。

他の家族も類似のことをしているのが後でわかってくる。

罪の意識が全くないのが驚きだ。

是枝監督は彼らを犯罪者としてではなく、どこまでも寄り添って見つめる。

団地の廊下で座っている女の子(佐々木みゆ)を父親が連れて帰り、家族の一員にしてからドラマがさらに盛り上がる。

その子の体には傷やアザが……。

社会の繁栄から取り残された奇妙な家族像が次第に明かされていく。

各人、いろんな事情を抱えているのが随所に挿入される過去の映像で浮かんでくる。

1枚1枚、ゆっくりと剥がされていく虚構の皮。

一体、彼らは何者なのだ? 

その答えを導く過程を、多彩な俳優陣の演技力を生かし、寓話的に描いているところが本作の持ち味。

血縁とは関係のない家族の繋がり。

『そして父になる』(2013年)、『海街diary』(15年)とテーマが同じだ。

現代社会の断片をこんな風に斬るとは恐れ入った。

2時間

★★★★(見逃せない)

☆8日からTOHOシネマズ梅田ほかで公開

(日本経済新聞夕刊に2018年6月8日に掲載。許可のない転載は禁じます)

6月 06

映画『万引き家族』のお母さん役、安藤サクラさんはどこまでも自然体でした~(^_-)-☆

非常に気になる日本の女優……、安藤サクラさん。

カンヌ映画祭の最高賞パルムドール受賞作『万引き家族』でたくましくも、けったいなお母ちゃんを演じてはりました~😁

秋からスタートのNHK朝の連続テレビ小説『まんぷく』のヒロインにも抜擢され、ノリにノッています。

先日、映画のキャンペーンで来阪し、ちょこっと記者会見を覗いてきました。

彼女は一年前から一児のママさんです。

父親は同じ俳優の柄本佑さん。

「撮影中、自分からあふれ出す母性と母乳にとまどっていました(笑)。そのタイミングで信代(映画の役どころ)と出会えてよかったです」

「現場であの家族と過ごせた温かい時間が素晴らしかった。今でも体に残っています。お釣りがくるくらいどころやないです(笑)」

映画祭の審査員が「泣く演技」を評価したことについては、「海外のスターは粋な褒め言葉を使うな~」。

カンヌで栄誉を手にした是枝裕和に対し、「普通の運動会で一等か二等を取ったような感じ。そこがカッコよかった~(^_-)-☆」

終始、全く飾らず自然体で答えてはりまして、好感度抜群でした❗

この映画については金曜日、日経新聞夕刊に拙稿が載ります~✌

ブログでもアップします!

6月 05

学生たちの手応え十分!!~関西大学社会学部の講義『メディア史』

インドから帰って来て2日後の5月31日、関西大学社会学部メディア専攻の講座「メディア史」(2限)に登壇しました。

『日本の初期映画史~大阪と映画』

こんな演題で、映画がいかにして日本に入ってきたのか、そこに大阪がどう絡んだのかを分かりやすく解説しました。

拙著『大阪「映画」事始め』(彩流社)の第1章を要約したもので、これまであちこちでお話ししてきましたが、大学の正規講座では初めて。

本講座を担当する松山先生に「ぜひ、お話しください」とお声がけいただきました。

感謝感激です!!

ありがとうございます!

250人もの受講生が聴講する久しぶりの大教室。

ぼくの日焼けした顔を見入る学生たちを前に、インド旅行の話を「枕」(つかみ)にしたら、えらい興味を持ったので、そのまま延々と喋ってしまいそうでしたわ(笑)

昨年、一昨年に担当した元教え子たちも聴講しに来てくれました~😁

・フランス(リュミエール商会)のシネマトグラフとアメリカ(エジソン商会)のヴァイタスコープの攻防。

・121年前、大阪・難波でシネマトグラフによる日本で最初に催された映画興行。

・心斎橋の舶来品雑貨商、荒木和一がヴァイタスコープを個人輸入し、難波の福岡鉄工所で試写上映したこと。

・それがおそらく日本で最初のスクリーン投影式映画の上映になったこと。

・さらに、京都で行われたシネマトグラフの試写よりも早かったこと。

・映画の初上映と初興行の地、難波が日本における「映画のふるさと」。

上記のことを、パワーポイントの画像を使って時系列的に説明しました。

学生たちにとって、知らないことばかりなので、みな真剣に聴いていました。

昨日、彼らのコメントが自宅にどっさり送られてきました。

ほぼ全員、ぼくの講義に感銘を受けてくれ、すごくうれしかったです。

コメントはだいたい以下のような感じです。

「非常に興味深い内容だった」

「定説を鵜呑みにしてはいけないことがわかった」

「荒木和一をもっとクローズアップすべき」

「関西、それも大阪の難波から映画が始まったとは……、びっくりした」

「ずっと京都が映画発祥地と思っていたので、衝撃を受けました」

「日本の初期映画史で、こんなスリリングな攻防があったとは知らなかった」

一昨年秋に拙著を上梓後、「大阪・難波が〈映画のふるさと〉」であることを懸命にアピールしてきましたが、まだまだ浸透していません。

お膝元の南海電鉄、地元商店会、その他、映画関係者がバックアップしてくれてているにもかかわらずです。

学生の誰一人としてぼくの新説を知っている者がいなかったからです。

今回、少しは彼らを意識改革できたのではないかと思っています。

これからも地道に訴えていきます~(^.^)/~~~

6月 02

(10)南インド・タミルナードゥ州への旅~10日目(5月28日)最終日

日本に帰る日です。

朝、ホテルをチェックアウトし、近くのエグモア駅から地下鉄で空港に向かいました。

日本の地下鉄の佇まいとほとんど同じ。

きれいなエスカレーターもあって。

でも、人がいません……。

通勤時間帯というのに~((+_+))

切符を買おうとしたら、「フリーです。無料!!」

えっ! 何でや??

最近、地下鉄ができたばかりで乗客の流れを調べているみたい。

そのおかげで無料で郊外の空港まで行けました。

ラッキー!!

チェンナイ 国際空港に到着。

昼前のマレーシア航空でクアラルンプールを経由して明朝(29日)、関空着です。

行きと同じく接続の便が悪く、クアラルンプール空港でかなり待ちます~😓

わずか10日間の短い滞在でしたが、3年ぶり2度目の南インドを目一杯、満喫できました。

一番うれしかったのは……。

何といっても、40度を超える炎天下、しかも湿気が高い中、2時間半かけて、えっちらおっちらと「聖なる山」アルナーチャラ山によじ登り、山頂で「イェーツ~❗」と絶叫できたこと。

何せ旅の最大の目的でしたから~😁

後日、登頂したことをちょっと自慢気に各地で言うと、「この酷暑期(ウルトラ・ホット・シーズン)に~❗  ガイドなしで単独で登るとは、なかなかクレージーですな」と誰もがびっくりしてはりました~😁

さて、この3年間に変わったこと……。

スマホの普及率が半端やなかったです。

年配者も当たり前のように使うてはります。

それに若者が随分、垢抜けしていました。

みなすごくセンスが良くて、ファッショナブル。

日本のヤングとよぉ似てます。

それでも、街中は依然、混沌、雑然としていました。

ほんま、喧騒の世界です。

車、バス、リキシャ、バイクがけたたましくクラクションを鳴らし、通行人がひしめき、牛がのしのしく歩く道路を猛スピードで走行~💨💨

中には逆走してくるバイクも。

小回りの効くリキシャはスリル満点です。

運転手と値段を交渉して乗るのが病みつきになりましたわ~😁

まだ人力によるリキシャも見かけましたが、これにはついぞ乗ることはなかったです。

事故が起きても不思議ではないのに、うまく「共存」しています。

これが「混沌の中の秩序」。

日本とは全くベクトルが異なります。

あと、カースト制度ですが、まだまだ根強いですね。

大衆食堂で掃除をするおばちゃん、街中の物乞い、小作農のお百姓さん……。

農家は茅葺き小屋が多いです。

彼らの多くはカースト制度にも属さない最下層階級。

独立の祖マハトマ・ガンジーは彼らを「ハリジャン(神の子)」と呼び、限りない慈愛と救いの手を差し伸べました。

とはいえ、現実はまだまだ彼らには大きな壁(偏見、差別)が立ちはだかっています。

インド産業を支えるIT企業は身分を問わずに優秀な人材を採用しています。

これを突破口にして身分差別が少しは改善されないかと願っています。

以前、投稿しましたが、カースト制度から逸脱するため、南インドではとりわけキリスト教に改宗する人が増えています。

ただ、先祖代々、熱烈なヒンドゥー教徒の家庭からキリスト教に変わると家族と絶縁~というケースもあるみたいです。

それほどまでヒンドゥーの教えが社会に根をおろしています。

そのヒンドゥー教ですが、インドを旅しようと思えば、最低限、ヒンドゥーの神々の知識を身につけておく方がええと思います。

それが日常を包み込んでいるからです。

それと仏教、イスラム教との関係、さらには大英帝国による影響についても頭に入れておきたいです。

めちゃめちゃ歩き回ったので、短パンが破れてしまい、サンダルもぼろぼろに~😓

しかし、300%ほど(笑)「心の洗濯」ができ、エネルギーを蓄えました。

シヴァ神のパワーを秘めた小石ももらったことやし~(笑)

そうそう、阪神タイガースの連勝を祈願して、こんな虎のマグネットを買いました❗

これでもって「南インド放浪の旅」レポートを終えます。

最後に……、インドにはやたらワンちゃんがいましたが、みな無防備。

来世委はインドの犬になろうかな(笑)

長文に目を通していただき、ありがとうございました~😉👍

6月 02

(9)南インド・タミルナードゥ州への旅~9日目(5月27日)

さぁ、今日が旅の実質的な最終日。

明日は日本へ帰るだけです.

今朝、朝食時(朝食付きでした!)にホテルのレストランで、昨夜の日本人男性と再会しました。

朝食の時間が来ても、いっこうに食事の用意ができていないことにお互いイライラ~(>_<)

顔を見合わせて。

(^.^)/~~~

「やっぱりイラチ(「せっかち」の大阪弁)でんな(笑)

2人して大笑い~(#^^#)

結局、チャイがなかなか出てこなかったので、「飲むのん止めまひょか」~と相成りました(笑)

大阪人はどこへ行っても、大阪人ですな~。

バスターミナルから7時50分発のバスに乗ってチェンナイへ向かいました。

インドの田舎のバスに乗るのもこれが最後か……。

妙に感傷的になりました~(^^;)

エアコンのないおんぼろバスですが、走行すると、自然の風が車内を駆け抜け、ほんまに気持ちがええです~(^_-)-☆

それに車内のヒューマン・ウォッチングもまたオモロイ~(^.^)/~~~

チェンナイまでの5時間40分(運賃が約350円)のロング・ジャーニーです。

午後1時半、8日ぶりに大都会チェンナイ(旧マドラス)に戻ってきました。

ホテルは街の中心部エグモア駅近辺で難なくゲット。

インド旅行の宿泊は飛び込みで十分いけることを再認識しました。

どの街でもホテルがあちこちにありますから。

チェックイン後、ホテルのバーで〈ビール・ブレイク〉をしたら、出された銘柄が「British Empire(大英帝国)」でした。

初めて見たブランド~!!

タミルナードゥ州で生産された甘味の強いビール。

大英帝国ーー。

その南インド植民地支配の拠点がまさにこの地でした。

ビールを飲み干してからリキシャを拾い、海辺(ベンガル湾)に近いセント・ジョージ砦へ向かいました。

イギリスが1600年のカルカッタ(現在名コナカタ)に次いで、1639年に東インド会社を設立した場所です。

植民地時代を偲ばせるレトロな建物が博物館になっており、その前にはキャノン砲が海に砲身を向けていました。

館内はビクトリア女王のメダル、東インド会社の歴代総督の肖像画など、大英帝国の威光を示す展示品がズラリと。

そんな中、インド独立運動に身を投じた活動家たちの記録を留めた展示室がひときわ光っていました。

大英帝国の全盛期は18~19世紀末で、ビクトリア女王が英国領インドの皇帝を兼ねた1877年にピークを迎えました。

その礎を築いたのが、アジア貿易を一手に担った東インド会社(本社・ロンドン)でした。

まさにアジアにおける先兵として大英帝国の植民地支配を支えていたんですね。

1947年の独立後もインドは宗主国イギリスとの深い関わりをなかなか断ち切れていません。

インド人の話す英語はイギリス英語だし、優秀な学生はこぞってオックスフォード、ケンブリッジの両大学に留学する傾向にあると聞いています。

インドから搾取しまくり、罪作りなことをしたイギリスに対し、今なお憧憬を抱いている、そんな風に思えるのです。

博物館を出て、植民地時代にイギリス人が建造したジョージタウン(旧市街)に足向けると、都市開発の波に呑み込まれ、空き家が目立ち、解体されている建物もありました。

それでも、現存する古いエリアはすごい活気~❗

日本の昭和30年代の商店街みたい。

同じころにイギリス人の手で造られたセントラル駅も改修を重ねながらも往時の面影をそこはかと感じさせます。

構内は人、人、人であふれ返っていました。

エグモア駅も賑わっていました。

「マドラス」がイギリス色を完全に一掃できるのは、はて、いつになることやら……。

インド最後の夜は、舌がとろけそうなほど美味な極辛のマトン・カレーで締めました。

6月 02

(8)南インド・タミルナードゥ州への旅~8日目(5月26日)

旅も早、8日目。

実質的に今日と明日のあと2日間を残すのみとなりました。

昨日、「聖なる山」アルナーチャラ山で雄叫びを上げ、旅の最大の目的を成し遂げたので、大都会チェンナイへ戻ろうか、あるいはもう1日、田舎の風情に浸ろうかと逡巡。

こういう場合はこの方法がうってつけ~😁

ウイスキーのボトルを倒して床に置き、指で回転させ、口が「北」を向いたらチェンナイ、「南」なら田舎。

で、さっそく実行に移すと、「南」を指したので、地図を見て、南東約100キロのチダムバダムに行くことにしました。

この町も有名なヒンドゥー寺院のある巡礼地。

ぼくの旅は観光地とは無縁です~(笑)

ティルヴァンナマライのホテルをチェックアウト後、混雑するバスターミナルで何とかチダムバラム行きのバスを見つけました。

バスの行き先表示はほとんどタミル語なので、チンプンカンプン。

カーキ色の制服を着た運転手や車掌を見つけては「チダムバラム行きのバスはどこですか?」と聞きまくらないとあきません。

どの町のバスターミナルでもそうです。

バスターミナルにはいろんな人が集まってきます。

乗客の他に、物売り、物乞い、子供たち…………。

雑然としているところがインドですね。

以下、各地のバスターミナルの写真をアップします。

プドゥチェリーのバスターミナルは存外にきれかった!

バスターミナルの裏で物売りをするおばちゃんたち

午前9時15分にティルヴァンナマライを発車したバスは典型的な田舎のバスです。

途中、(名前は分からないけれど)どこかの町のバスターミナルに停車中、あっと驚く出来事がありました!

何とーーー、バスの車内での捕物劇~❗

前と後ろの出入口(扉なし)から制服の警察官と私服刑事6人が乗り込んできて、あっという間に車内中央で立っていた中年男性を取り押さえました。

男は少しだけ抵抗したけど、すぐに観念。

何やら大声を上げて連行されていきました。

一瞬の出来事に乗客はみなキョトン。

ぼくも呆気にとられ、写真を撮る時間すらなかった~😲

隣の青年に訊くと、「何のことやら皆目、わかりませんわ」6。

指名手配されていたのかも。

一見、紳士風だったので、詐欺犯?

とんだハプニングに頭が覚醒しました~⤴

この写真は逮捕劇が終わってから撮影したバスの車内です。

4時間半、田舎のバスに揺られ、午後2時にチダムバダムに到着。

よっしゃ、今日こそは町一番のホテルに泊まってやろう~!

そう思い、バスターミナル近くにある見るからに垢抜けしたホテルをスマホを使ってネット検索すると、まさに該当していました❗

幸い空室があり、即、チェックイン。

一泊、日本円で3500円~❗

一挙に3000円の大台を突破しましたわ~(笑)

部屋はもちろんエアコン完備でめちゃゴージャス~✨

それにトイレットペーパーがついてました~❗

最上階にバーもあるみたい。

部屋に入るや、「ビールを飲みたいんやけど、バーはどこにあるのん?」とベルボーイに言うと、「お部屋で飲めますよ」。

すぐに電話をしてくれ、快適な部屋でビールを。

カールスバーグでした。

付きだしを食べれば、これで十分、「ランチ」になりますわ~(笑)

このホテル、お金持ちのインド人客が多いようですが、お隣の部屋は英国バーミンガムから商用で来たというビジネスマンでした。

廊下でお会いした時、向こうから喋りかけてきはりました。

建築関係の会社に勤めているらしく、この町を拠点に各地に「営業」に行くとのこと。

遥か彼方のイギリスからインドのこんな地方まで仕事で来てはるんですね~。

ぼくが昨日の山登りのことを言うと、目を点にしてはりました~😲

ハハハ~(笑)

少し昼寝してから、寺院を参拝してきます。

それにしても、暑い~🔥☀

40度は軽く超えてます。

でも、体が慣れてきたみたい~(笑)

チダムバダムの町の中央に位置するナタラージャ寺院は「踊るシヴァ神」を祀ってあります。

ダンシング・シヴァ。

ここのゴープラム(塔門)は実にカラフルです。

夕方から涼風がそよぎ、境内はすごく気持ちがええです~😁

住民も涼を求めて寺院に来ています。

南インドのヒンドゥー寺院はほんまに素晴らしい。

明日、チェンナイ(旧マドラス)へ列車で戻ろうと思うてました。

今回、まだ一度も鉄道を利用していませんから。

そこで、寺院見学を終え、チェンナイ行き急行列車の座席を予約しにチダムバダム駅に行くと、あろうことかコンピュータが不調で窓口が大混乱~🌀😱

こら、あきまへん😵

やむなくバスにしました。

今回の移動はバスばっかりや~😅

まぁ、しゃあない。

夕食は宿泊したホテルで取りました。

その時、日本人男性とお会いし、夕食をご一緒しました。

ぼくはチキン・マサラとドーサです。

その方がタンドーリ・チキンが苦手とのことで、遠慮なくもらいました~(笑)

こういう形で日本人と出会ったのは今回の旅では初めて。

マレーシアのクアラルンプールに単身赴任している大手電気メーカーのエライさんです。

年齢はぼくより3つ下。

世界遺産の全踏破が目的と言うてはりまして、今回はクアラルンプールから比較的短時間で行けるインドの世界遺産を三日の弾丸ツアーで巡るとか。

全行程、専属ガイドさんが運転する車で回り、完璧にコースが組まれているそうです。

至れり尽くせりのツアー。

まぁ、すごい強行軍というか、行動力ですね❗。

ぼくが実践している「地べたの旅」の概要を伝えたら、びっくりしてはりました。

「たくましいですね。私はキレイなホテルしか泊まれませんねん。ホテルの予約なしなんてとんでもない。あの混み合うおんぼろバスでの移動は死んでも無理ですわ」

あっ、この人、大阪の人です(笑)

旅にはいろんなスタイルがあるので、好きなように巡ればええと思います。

全くノープロブレム🎵

この人が最後に言いはった言葉が嬉しかった。

「以前、出張でインドに来た時、すべてにおいて日本と違うていたので、二度と来るもんか~と思うてたんですが、見る目を変えて旅すれば、少しずつええ国に思えるようになりました」

そんなこんなで、今日はのんびり過ごせました。

6月 02

(7)南インド・タミルナードゥ州への旅~7日目(5月25日)

旅の7日目にして、ついに「目的」を成し遂げました~❗❗

インド屈指のヒンドゥー寺院、アルナーチャレーシュワラム寺院を擁する町ティルヴァンナマライの西にそびえるアルナーチャラ山(標高約800メートル)。

その山は最高神シヴァ・リンガそのものと言われる「聖なる山」です。

ぼくはヒンドゥー教徒ではありませんが(当たり前や)、その山の頂に登って、「イェーツ~❗」と叫ぶのを旅の最大の目的にしていました~(笑)

3年前、インド亜大陸最南端、海に面したカニャークマリ(コモリン岬)で「イェーツ~❗」と絶叫してきたので、今回は〈山バージョン〉です。

何で「イェーツ~❗」と雄叫びを上げるのかは自分でもよぉわかりません~(笑)

まぁ、ノープロブレム~😁

で、暑くならないうちにと思い、午前7時10分に寺院西門の麓から山を目指しました。

旅立つ前、「聖なる山」なので、裸足で登らねばならないと覚悟を決めていました。

ところが今朝、ホテルのフロントマンにそのことを言うと、「酷暑期に止めときなはれ。誰も登ってませんよ」。

酷暑期を「ウルトラ・ホット・シーズン」と英語で言うてはりました。

インド人は「超」を「スーパー」よりも「ウルトラ」という表現を好むみたい。

午前10時を過ぎると、37度くらいになります。

さらに言葉を紡ぎ……。

「どうしても登りたいのなら、しっかり靴を履いて登りなはれ」

裸足は~?

「そんな無茶な~❗ 裸足はサードゥー(修行僧)しかやりませんよ」

そか、この言葉をしかと受け止め、旅の行き帰り用のウォーキング・シューズを履いてチャレンジしました。

山に入りしばらくして下を見ると、アルナーチャレーシュワラ寺院がくっきり視界に収まりました。

ワンダフル!!

そのあとサードゥーと出会いました。

この山にはこうした修行僧がぎょうさんいてはります。

これから山頂をめざすと言うと、「ちょっと、こっちに来なはれ」。

連れて行かれたところが洞窟でした。

ひんやりとして、すごくええ塩梅です~😃

「裸足になって、そこに座ってください」

そのサードゥーはシヴァ・リンガにお祈りし、ぼくに花束をかけてくれました。

「瞑想をしてください」

いきなり言われても……。

とりあえず、目を瞑ると、あまりの気持ち良さに即、睡魔に襲わました~💤

こんな感じで瞑想(爆睡?)していました

どれほど時間が経ったか、サードゥーに肩を突っつかれ、ハッと目を覚ますと、「寝たらあきませんがな。瞑想をしなはれ」と。

すんません❗

どうやらイビキをかいていたみたい(笑)

えらい笑うてはりました ~😉

30分ほどすると、サードゥーはこう言いました。

「あなたのカルマ(因果応報)はシヴァ神がすべて吹き飛ばしました。心置きなく、頂上を目指してください」

わずか30分間でカルマが吹き飛ぶんかいな?

寡黙なサードゥーを何とか喋らせ、年齢が65歳で、長年、ビジネスマンをやっていたことがわかりました。

名前はシャンカル。

何らかの事情があって、修行僧になりはったんやろな~。

その理由はあえて訊きませんでした。

「これがシヴァのパワーそのものです❗」

そう言って手に握らされたのが黒い三角形の小石。

まさにパワーストーン!!

「これから、これをギュッと握って瞑想してください」

あんまり瞑想することないんやけど、「わかりました」と答えました(笑)

先日はヴィシュヌ神に帰依したのに、今日はシヴァ神……、節操ありまへんなぁ。

さぁ、今から登山~🗻

山に登る理由を言うと、シャンカルさんは得も言われぬ顔をして頭を何度も横に振り回してはりました。

多分、わからへんやろな~😅

山に登る前、シャンカルさんが注意事項をいろいろ教えてくれはりました。

・葉っぱを食べると死んでしまう「カーリー」という木があるので、絶対に葉を口にしないように。

・途中、猿と遭遇するかもしれないが、無視すべし。

・ヘビがいるけど、噛まれても死なへん。

・山頂のサードゥーによろしゅうお伝えください。

以上、こんな感じでした~😁

最後にこう締めくくりはりました。

「すべてシヴァ神が守ってくれます❗」

登山は想定外に厳しかったです。

登山道はちゃんと整備したものではなく、真っ直ぐな、それもかなり傾斜のきつい岩をよじ登っていくような感じ。

岩登りをやってはる人なら楽勝でしょうが、ぼくは全くの素人。

幸いランニングをやっているので、脚の筋力、肺活量がそこそこあり、何とかよじ登っていけましたが……。

途中、修行僧以外に誰も会いません。

孤独の極地~😓

それに猛烈に暑い~😱☀

すでに40度に達しているかもしれない~😣

ヘビには遭遇しなかったけど、大きなトカゲやら、耳の大きなネズミやらと出くわしました~😅

で、休みもって、休みもって、2時間半かけて何とか頂上にたどり着つきました。

やれやれ~((+_+))

ここで修行を積んでいるサードゥーは昼飯時とあって、庵の中に入ってはりまして、「よろしゅうに~」を伝えることができなかった~😅

頂上は一面、真っ黒。

毎年11~12月の大祭の時、大勢の人が登ってきて炎をつけるためのギー(バターオイル)の残りカスなんです。

裸足になると、火傷しそうなほどに熱い~😱☀😱

シヴァ神は燃えてはりますな~🔥

下界がよく見えます。

そんな中で思いっきり叫びました。

「イェーツ~❗❗」

ぼく以外に誰もいない。

ほんまに気分よかった~❗❗

But, とにかく足の裏が熱くて、熱くて5分ほどしか山頂にいてられません。

下山もかなり往生しました~😓

半月板を傷めている左脚の膝が急に悲鳴を上げて、まさに「えらいこっちゃ~❗」。

しかもペットボトルの水を飲む以外に首筋に垂らして熱中症を防いでいたんですが、ついにそれも尽き……😵

思わず、先ほど修行僧のシャンカルさんからもらった「シヴァ神の小石」をギュッと握りしめたら、目の前に下界の世界が広がっていました~❗❗

熱中症になるかと危惧していたので、ほんまにホッとしましたわ~😁。

シヴァ神さまさま~⤴⤴

何とか下山できましたが、完全にヘトヘト状態。

街中で、すぐにリキシャを拾ってバーへ直行~💨💨💨

冷房の効いた店内に入るや、インドの国産ビールKing Fisherのボトルをあっという間に2本飲み干しました~🍻

これまで飲んだビールで一番、体に染み渡りましたわ❗❗

そんな訳で、欠けがえのない体験ができ、めちゃめちゃええ日になりました~✨💡

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