9月 16

(23)デンマーク&北ドイツ~フィヨルドに虹~(@^^)/~~~

大聖堂のあるロスキレの町はひと昔前の茅葺き屋根の家屋も残っていて、とても居心地がええです~💡😁

デンマークの田舎町は、イングランドとよく似ていると以前、リポートしましたが、そこにバルト諸国(リトアニア、ラトビア、エストニア)の息吹きも混ざっているなと感じました。

概して、淡彩でクリーン、人が少なく、どこか寒々しい。

そして夜が異常に早い❗

良く言えば、垢抜けしていて、落ち着いている。

悪く言えば、醒めていて、活気がない~(笑)

冬場になると、どうなるのでしょうかね~😅

スペイン、イタリアなどの南欧諸国とは全く対照的ですわ~✨

大聖堂から坂を下り、ヴァイキング博物館を見物しました。

穏やかな水辺に面しているんですが、これ、フィヨルド(氷河期にできた入り江)なんです~💡😁

フィヨルドといえば、切り立った崖が両側にそびえるスリリングな光景を思い浮かべるでしょう。

ノルウェーにはそんなフィヨルドが多いですね。

でも、目の前の入り江も正真正銘、フィヨルドです~😁

博物館にはヴァイキングのロングシップが展示されていました。

ヴァイキング時代(750~1100年)、こんな小さな木製(オーク)の舟でイギリス、アイルランド、北フランス、地中海のシシリア島、さらにはアイスランド、グリーンランドからアメリカ大陸まで航行していたというから、びっくりポンです~👀

その舟の再現もしていました。

展示されたロングシップから窓の方にふと視線を流すと、何ともきれいな虹がかかっていました~🌈

「わっ、虹や~❗」

思わず日本語で声を出すと、見学者がみな一斉にぼくの方に目を向けました。

「レインボー、レインボー~❗」

今度は英語でちょっと小さめの声で窓の方を指差すと、皆さんぞくぞくと窓際に集まり、写真を撮り始めました。

旅の最後に素敵な虹とは~🌈

ほんま、ええ塩梅、ええ塩梅~💡😁

このあと虹がかかっていた光景をバックにして桟橋で記念写真。

ワンちゃんを散歩させていた近所のおばちゃんに撮ってもらいました。

イェーツ~💡😁

9月 16

(22)デンマーク&北ドイツ~宗教事情、ロスキレにて

今日が実質的に旅の最終日。

特に予定がなかったので、先日、FB友達になったEさんオススメのロスキレの町に向かいました。

コペンハーゲンの西方にある、フィルヨド(氷河期にできた深い入り江)に面した町です。

中央駅から列車で約20分。

この町にユネスコの世界文化遺産に登録されているロスキレ大聖堂があります。

北欧を代表する大建造物。

ここでハタと気づきました❗

大聖堂ということはカトリック!?

デンマークはプロテスタントのルター派(福音ルーテル派)が国教になっており、信者が80%もいます。

マルティン・ルターに会い、感銘を受けた国王クリスチャン3世が1538年にカトリック国家からプロテスタント国家に変えました。

いわゆる宗教改革です。

他のヨーロッパ諸国では血まみれの抗争が繰り返され、カトリックの教会、聖堂、修道院がことごとく破壊されました。

イギリスに行くと、廃墟と化した修道院跡をよく目にし、心が痛みます~😵

しかるにデンマークでは、カトリックの聖職者を追放したものの、教会、聖堂、修道院を取り壊さなかったそうです。

修道士、修道尼にも危害を加えず、最後の1人が亡くなってから国家が修道院を管理したというのです。

だから血は全く流れなかった~❗

他の北欧諸国(スウェーデン、ノルウェー)はどうか知りませんが、デンマークのケースは希有だと思います。

国家戦略上の魂胆があったとはいえ、なぜかくも寛容になれたのか……?

現在のデンマーク人も非常に寛容だと思います。

そういう精神が連綿と受け継がれているのでしょうかね。

確かにシリアなどの難民に対しても寛容な方策が取られてきました。

昨今、その路線に少し修正が加えられようとしていますが……😅

プロテスタント国家の中に悠然と構えるカトリックのロスキレ大聖堂。

堂内にはデンマークの20人の国王と17人の女王の石棺が安置されています。

寛容なる精神のシンボル。

この大聖堂はまさにそうなんや❗

堂内に佇み、そんなことを考えていると、フランス人のお上りさんと地元の小学生の一団がどっと入ってきました。

その瞬間、ぼくの思考回路が突如、中断しました~😅(笑)

9月 16

(21)デンマーク&北ドイツ~「ハムレット」のお城

「To be or not to be, that is a question」

「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題点だ」

日本語訳はこれが定着していますね。

このセリフを吐いたシェイクスピアのハムレットは架空のデンマーク王子です。

敬愛する父王が叔父に毒殺され、仇を討つべしか否かで苦悶する悲劇のヒーロー。

舞台となったエルシノア城はクロンボー城をモデルにしています。

その城はコペンハーゲンの北約45キロ、ヘルシンオアの町にあります。

つまり、エルシノア城の名は地名のヘルシンオアから取られているんですね~😁

昨日、コペンハーゲンに到着後、この城を訪れました。

思っていた以上に壮大で、まさに威風堂々たる建造物。

クロンボー城の「王の部屋」

海を挟んで目と鼻の先にスウェーデンのヘルシンボリの町がはっきり望め、フェリーが頻繁に往来しています。

ちょっとスウェーデンまで渡り、「デン」して帰ってこようかと思ったけれど、あんまり意味がないので、止めました~(笑)

城の外壁に飾られてあるシェイクスピアのレリーフにデンマーク王子「AMLETH(アムレッツ?)」の名前が記されていました。

2行目です。

これ、シェイクスピアが最後の「H」を一番前にもってきて、「HAMLET」にしたそうです。

この人、一度も外国に出向いたことがないのに、『オセロ』や『ベニスの商人』など異国の物語がやたらと多いですよね。

『ハムレット』もしかり。

伝聞や文献に基づき、想像を膨らませて創作したらしいのですが、どうも無理があるように思えてなりません。

あまりにも描写が詳しすぎますから。

現地で見聞しないと記述できない……😅

シェイクスピアは複数の人物だとか、いろいろ説がありますが、ぼくは別にホンモノの作者(海外に精通しているインテリさん?)がいたんやないかなと睨んでいます。

ローランド・エメリッヒ監督の『もうひとりのシェイクスピア』(2011年)はそこを突いていました。

ぼくらの知っているシェイクスピアは、実は「お飾り的な人物」だったと……。

まぁ、そんなこととは関係なく、ハムレット役をこなせるのは名優の証しですね。

舞台、映画でこの人物を演じた歴代の俳優の写真が城内に貼ってありました。

ジョン・ギールグッド、ローレンス・オリヴィエ、クリストファー・プラマー、ケネス・ブラナー、ジュード・ロウ……。

稀代のシェークスピア俳優、ジョン・ギールグッド

『サウンド・オブ・ミュージック』でトラップ大佐に扮したクリストファー・プラマー

ケネス・ブラナーはとことんシェイクスピアにこだわってはります

ジュード・ロウも大健闘

往年の役者が多く、当然ながら、イギリスの俳優が目立ちます。

決定版はやはりローレンス・オリヴィエかな~❗

舞台でオフィリア役のヴィヴィアン・リーと初共演し、恋が芽生えとか。

ローレンス・オリヴィエ&ヴィヴィアン・リー

メル・ギブソンも映画でハムレットにチャレンジしていましたね。

そうそう、ベネディクト・カンバーバッチも~❗

他に誰かいてたかな~??

日本なら仲代達矢か……。

松本幸四郎に内野聖陽も演じてたな~。

右手の陽だまりのところにしゃがんでいました

城の中庭でしゃがみ込み、ハムレットに想いを馳せていたら、「閉館時間ですよ」と追い出されました~😅

9月 16

(20)デンマーク&北ドイツ~コペンハーゲンのホテルでサプライズ!

ドイツのリューベックからコペンハーゲンに到着。

5日ぶりの再訪です。

ホテルは旅の初日と2日目に泊まったCabin innホテル。

チェックインすると、フロントの青年が笑顔で迎えてくれました。

「素晴らしい部屋をご用意しています」

えっ、どういうこと?

訊くと、「ずっとうちのホテルを利用してくれはったお礼です」。

確かにデンマークで滞在したホテルはすべてCabin inn。

「どんなお礼なんですか?」

「部屋に入れば、わかりますよ」

何やろ? 高級シャンパンでも置いてあるのかな?

ウキウキしながら、部屋に入ると……。

わーっ、めちゃめちゃ広い~❗

何とダブルベッド。

これならベッドから転落せずに済みますわ~💡😁

これがお礼やったんや。

ありがたい~💡😁

そや、オーデンセのホテルに置き忘れた充電器+コードのこと聞くのを忘れた。

あわててフロントに駆け降り、その旨を伝えると、フロントの青年は「確かに届いています。ただフロント内で見当たりません」

えっ~❗

詰めが甘いな~😅

まぁ、ここで文句たれても大人げない。

こっちに過失があることですし……(*_*)

「チェックアウトするまでに見つけておいてね」

その青年、日本式に深々とお辞儀し、「承知いたしました」。

9月 16

(19)デンマーク&北ドイツ~快適なドイツ鉄道の旅

リューベックからドイツ国鉄(DB)の高速列車(ICE)に乗ってコペンハーゲンに向かいました~🚄💨

満席です。

一昨日、予約しておいてよかった~💡😁

1時間ほど経ったころ、列車の速度が急に落ち、「全員、降りる準備をしてください」の車内アナウンス。

えっ、またも何かのトラブル~❓❗

もうええ加減にしてほしいわ~😅

心配顔のぼくに、向かいに座っていた可愛いドイツ人のお嬢さんが笑みを浮かべ、「フェリーに乗るんです。45分ほど。バッグ、忘れたらあきませんよ」と。

そうか、この路線なら、デンマークは海の向こうや。

非常に理知的なお嬢さん、ちょっと盗み撮りさせていただきました~(笑)

列車はゆっくり、ゆっくりフェリーの中へ。

かつての宇高連絡船や青函連絡船みたい~🚢

フェリーはデンマーク船籍。

船内は豪華ホテルのようで、快適そのものでした~💡😁

デッキに出ても寒くない。

そこでランチにサンドイッチをパクつきました~😁

座席が向かいのあのお嬢さんに会い、写真を撮ってもらいました~(^_-)-☆

デンマークに入ると、国境警備員のパスポートチェック。

最近の西ヨーロッパでこういうことは初めて。

ここで、列車の旅についてちょっと書かせてもらいます~✏

今回の旅行、街中の市バス以外、移動はすべて鉄道です~🚃💨

こんなこと珍しい。

昨年のスペインではほとんど長距離バスでした~🚌💨

アイルランドやフランス、東ヨーロッパでも長距離バスをよく利用しました。

鉄道に比べ、はるかに運賃が安いから~(笑)

今回は久しぶりにユーレイルパス(デンマーク、ドイツの2国、2か月間に4日間使えるパス)を購入したので、とことん使わなソンという貧乏根性が働いているわけですが……😅

ドイツは学生時代から数えると、これで6回目。

年々、車両がきれいになってきています。

都会の近郊列車では二階建ての車両が増えてきました。

トイレはドアの開閉から全てオートマチック。

ただ、時刻の正確さは今一つです。

昨日、ヴィスマールからハンブルクへ向かう時、乗り継ぎ駅で40分以上、待たされました。

ヴィスマール駅。のどかです

乗り継ぎ駅(バドクライネン駅)

フェリーでは天気よかったのに、デンマークに入った途端、陰鬱な曇り空~。

もう慣れましたわ(笑)

9月 16

(18)デンマーク&北ドイツ~ホワイト・ソーセージの缶詰をゲット、その後、ちょっとハプニング!

北ドイツ・リューベックの朝。

近くのカフェでコーヒー+クロワッサンの朝食を取ってから(ホテルで食べたら、めちゃ高いです~😅)、スーパーマーケットへダッシュ~💨💨

そこで、お土産用にホワイト・ソーセージの缶詰を買いました。

この銘柄の白ソーセージ、ほんま、絶品なんですわ~❗❗

これをゲットするのもドイツに来た大きな目的でした(笑)

10缶、仕入れるつもりで(笑)、そのため大きめのトランクを持ってきたんですが、棚には7缶しかなくて……。

従業員に訊くと、「もう在庫、ありませんねん。明日、どっさり入荷します」。

今からデンマークに戻るので、無理か~😅

他のスーパーに当たってもええんですが、ちょっと遠いし、これでまぁ、よしとしましょう。

ドイツ出国直前に最高の土産物をゲットでき、よかったです~⤴⤴

ちなみに1缶のお値段は、2・75ユーロ(約380円)なり~👛

ホテルをチェックアウト後、ソーセージの缶詰の入ったトランクを引っ張って、リューベック中央駅に向かっていました。

信号待ちをしていると、横に見るからにお上品なマダム。

彼女の傍らには、これまたお上品なラブラドールレトリバー。

マダムと目が合い、軽く会釈した直後、そのワンちゃんにピュッとお小水をかけられてしまいました~(”_”)

ぼくじゃなくて、トランクにです~❗

それを目にしたマダム、ワンちゃんを叱りつけ、「ソリー、ソリー~❗」としゃがみ、あわててハンカチでトランクを拭いてくれはりました。

それも丁寧に何度もごしごしと~❗

何だか申し訳ない……。

「オーケー、オーケー。もうこれで十分です」

「この子(ワンちゃん)、普段はそんなはしたないことしないんですが…………」(おそらくこんなことを言うてはったと思います)

恐縮するマダムにぼくがなだめるようにひと言。

「トランクの中にソーセージの缶詰がどっさり入っていたからでしょう」

そう言うと、マダム、突然、ゲラゲラ笑い出してしまった~!(^^)!

まさに笑いのツボにハマった感じで、ゲラゲラ状態が止まりません。

ありゃ、目に涙を浮かべてはります~。

ワンちゃんも笑っているような……(笑)

何も受け狙いでギャグを放ったわけではないのに、何でそんなに面白かったのかよぉわかりませんわ~。

でも、またも曇り空で嫌やな~と塞ぎ込んでいた気分が、おかげさまで華やいできました~⤴

災い転じて福となす~ですね(笑)

で、そのホワイト・ソーセージ、帰国後、さっそくいただきました。

レシピ通りに10分間、茹でてから、ビールならぬ、仏ブルゴーニュの白ワイン、シャブリとのマリアージュで~(^_-)-☆

しびれるくらいに美味かった!!!

残念ながら、日本に輸入されていないそうです。

9月 16

(17)デンマーク&北ドイツ~ハンブルクの「ビートルズ聖地」へ

ハンブルクでブラームス博物館の次に訪れたのは、同じ音楽でも全くジャンルの異なるビートルズの関連スポットです~🎵

ブラームス博物館から西へ20分ほど歩いていくと、何ともいかがわしい地区に達します。

世界的にも名高い歓楽街レーパーバーン(Reeperbahn)。

40数年前の学生時代はそれこそ風俗の極致でしたが、今では少しは「健全」になっていました(笑)

それでも、こんなお店が軒を並べているので、女性や子供は行くのを控える方がええと思います~😅

ビートルズがブレイクする前、彼らはリバプールからハンブルクに何度もやって来て、ここレーパーバーンのライブハウス「スター・クラブ」で毎夜、熱狂のステージを繰り広げていました~🎵

修業時代ですね。

ビートルズ大好き人間のぼくには、彼らの出身地リバプールの次に大切な「聖地」みたいなところ。

学生のころ、この辺り、昼間でも「呼び込み」が激しく、歩きづらい雰囲気だったので、通りの奥まったところにある「スター・クラブ」までとても足を踏み込む勇気はなかったです~😅

地下鉄のレーパーバーン駅近くに小さな「ビートルズ広場」があり、そこにジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、ピート・ベスト(リンゴ・スターは後に加入)が演奏している姿をあしらったモニュメントがありました。

右手に離れたところに立つもう1体は、ハンブルクで早逝したスチュアート・サトクリフだと思われます。

時刻は午後7時すぎ。

広場の周りには、すでにべろんべろんに酔ってる人が数人いてはります……😅

広場で佇んでいたら、そういう人たちが絡んできます。

関わったらうっとうしいので、すぐさま退散。

もう、サトクリフのモニュメントを撮影でけへんかったやないか~、プンプン。

広場から北へ伸びるグローツェ・フライハイト通りを70メートルほど進み、左手(西)のところに「スター・クラブ」がありました。

過去形にしたのはすでに取り壊されてしまったから。

今は数軒のバーやキャバレーになっていますが、その中庭にモニュメントがありました❗

「ここで若きビートルズが青春を爆発させてたんやなぁ~」

感慨深げにしげしげとそのモニュメントを見入っていると、「日本人の方ですか?」と背後から日本語で声をかけられました。

びっくりして振り返ると、見るからにホステス然とした女性が数人。

「日本人でしょう?」

再度、尋ねられ、反射的に「はい、そうですよ」。

「やっぱし。あたしらはタイ人です。タイランド。写真、撮ってあげましょうか」

ここから一番けばけばしい女性(写真の右端)とのやり取り~✴

この人の日本語、なかなかのもんでした。

「日本のどこから?」

「大阪です」

「大阪へは遊びに行ったことがあります。あたし、博多の中洲で働いてました。出稼ぎです。大阪の人もいっぱい知ってるよ。みなオモロイ~」

やっぱりプロのホステスさんやったんや。

「何年、博多で働いてはったんですか?」

「時々、タイに帰ってたから……。トータルで7年かな」

「長かったですね。で、何でドイツに?」

「日本より景気がええから。ハハハ」

そういうことなんや~✴

「お国(故郷)はタイのどこ?」

「イサーンです。わかりますか? 東北部」

「知ってますよ。というか、行ったことあります。コンケンとか」

「えっ、 コンケン❗❗ あたしの実家です~❗」

彼女、異常にうれしがってはりました。

古巣新聞社の記者時代、大阪で開催された花博(「花と緑の博覧会」)の関連で、タイの植林事情を取材しにイサーン地方に行ったことがあるんです。

「まぁ、とりあえず、スマホで撮ってくれませんか」

まずはぼく1人での記念撮影~📷

それが終わると、彼女が周りのホステス連中に声をかけ、「みんなで一緒に撮りましょう❗」。

えっ~😅、勢いに押され、あれよあれよと言う間に集合撮影。

ぼくは真ん中で、1人だけ完全に固まってました~(笑)

もうビートルズどころやおまへんわ~💨

「店に来てくださいよ。あそこの店です」

案の定、読み通りの流れになってきた~😅

ご縁ができたことだし、一杯だけ飲んで帰ろうかなと思ったけど、店に行けば、絶対に一杯だけでは済まないのはわかっている。

間違いなく、宿泊地のリューベックに帰れなくなる……😵

「悪いけど、泊まってるのんハンブルクとちゃうんです。リューベックなんです。もうそろそろ帰らなアカン……」

「リューベック? ホテル、キャンセルしたら?」

何を言うてはりますねん。

荷物置いてあるのに、そんなんできますかいな。

結局、その場でうまくお別れできました。

意外と押しが弱かったので、助かった(笑)。

やれ、やれ~😁

ほんまに優しい方々でした。

コップン・カップ(タイ語で「おおきに」。この表記でええのかな?)~❗

つい先ほどのブラームスの崇高な世界とは対極的な超世俗な世界~😅

すごいギャップにびっくりポンですわ~👀

ドイツ最後の日はめちゃめちゃ刺激的な日になりました(笑)

これもビートルズさまさま~❗

ありがとさんです~💡😁

ヤャ、ヤャ、ヤャ~🎵🎵

まさにA hard day’s nightでした~👍

9月 16

(16)デンマーク&北ドイツ~ハンブルク生まれのブラームス

40数年ぶりにハンブルクに来ました❗

中央駅はえらい人で、活気があふれています。

地下鉄(Sバーン)も混雑しています。

24日にドイツの総選挙が行われるので、街角には選挙絡みのポスターが目につきました。

メルケル首相のポスターも。

まずはハンブルク生まれの作曲家ブラームス(1833~97年)の博物館を訪れました。

残念なことに、生家は戦時中の空襲で破壊されています。

その跡地にはモニュメントがあり、周りは芸術家たちの創作エリアになっていました。

生家にほど近い博物館には、「ドイツレクイエム」の楽譜原本や「交響曲第一番」の楽譜表紙などが展示されており、それらを目の当たりにでき、思いの外、感動しました。

クラシック音痴のぼくがいつの頃か、ブラームスの「交響曲第一番」を聴き、鳥肌が立ちました。

以降、ブラームスを愛聴するようになり、ドイツ音楽の深遠さを実感するようになったのです。

ブラームスが黄泉の客になったのはオーストリアのウィーン。

学生時代、イギリス映画の傑作『第三の男』のラストシーンが撮影されたウィーンの中央墓地に足を運んだ時、ブラームスの墓があったのをはっきり覚えています。

ブラームスを「文化の顔」にしているハンブルクに品格の高さを感じました。

9月 16

(15)デンマーク&北ドイツ~ハンザ同盟の町、ヴィスマール

9月10日の日曜日、旅の1週間目です。

目覚めると、朝日が降り注いでいました~☀

ヨーロッパに来て初めての青空。生気が甦ってきます❗❗

でも、さぶい(寒い)~😵。

気温は12度。

今日は小旅行をします。

まずは東方に位置する小さな港町ヴィスマール(Wismar)へ。

昨日、リューベックの観光案内所で、「マレーネ」の名札をつけた美人のスタッフに「近郊でハンザ同盟の町、ありませんか」と訊いたら、即、リコメンドしてくれた所です。

リューベックからローカル列車で1時間半。

1回乗り換え。

この街はハンザ同盟の中世の息吹きを濃厚に宿していました~❗

旧市街に足を踏み入れると、一気にタイムスリップ。

こういう佇まい、理屈抜きにええですね。

ほんまにええ塩梅~(笑)

でも、戦災に遭い、街はほとんど壊滅状態だったそうです。

ドイツの街はどこもそうです。

空襲だけでなく、地上戦も行われたところが多いですからね。

戦後、すべて往時の街並みに再現しているところがすごい⤴⤴

そんな中、戦災に遭わず、ハンザ同盟の時代から残っている建物がありました。

1841年の築。

この歴史的な保存地区が、世界文化遺産に登録されていることを観光案内所で知りました~。

昼頃には気温が20度近くに。

めちゃめちゃ穏やかで、最高の気分~😃⤴⤴

外国人観光客がほとんど見かけず、地元ドイツ人のお上りさんの団体が目につきます。

こういう所、大好き❤

ランチは、港に浮かんでいる舟の店で、ニシンの酢漬けのサンドイッチとビールを買い、プロムナードで美味しくいただきました~💡😁

これ、「ビスマルクのニシン」と名づけられていました~(笑)

さぁ、これからハンブルクに向かいます~✌

9月 16

(14)デンマーク&北ドイツ~ギュンター・グラス&トーマス・マン in リューベック

ハンザ同盟ー-。

高校の時、世界史で習い、妙に興味を覚えました。

中世の末期(15世紀)、ドイツ国内で採れる塩(岩塩)を北欧やロシアなどバルト海諸国と取り引きし、隆盛を極めた北ドイツの都市同盟です。

数々の特権を求め、多い時には100以上の町が加盟していたとか。

その盟主として栄華を誇ったのがリューベックです。

威風堂々たるホルステン門、塩の貯蔵庫、市庁舎など、こぢんまりした旧市街のそこいらに往時を偲ばせる建物が残っています。

戦時中、街の大半が破壊されましたが、今や見事に甦っています。

路地に入ると、非常にシックな佇まい……(^_-)-☆

こうしたハンザ同盟の息吹きを感じ取るのがリューベックに来た目的なんですが、実はもう1つあるんです。

2人の作家ゆかりの地。

それがぼくを引き寄せました。

共にノーベル文学賞の受賞者です。

1人はギュンター・グラス(1927~2015年)。

ぼくにとってはドイツ映画『ブリキの太鼓』(1981年)の原作者として記憶に刻まれています。

生まれは現在のポーランドの港湾都市グダンスク(グダニスク)ですが、終いの棲みかがリューベックでした。

「ギュンター・グラス・ハウス」を訪れると、作家だけでなく、画家、彫刻家としての才能も強く認識させられます。

映画『ブリキの太鼓』の日本のポスターを目にした瞬時、懐かしさに胸が打たれました~💡😁

もう1人は、ギュンター・グラスが敬愛していたトーマス・マン(1875~1955年)。

映画愛好家なら、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』(1971年)をまず思い浮かべるでしょうね。

その原作者。

リューベックの豪商に生まれたトーマス・マンはまさにこの町が誇る文化人です。

自らの一族の4代にわたる盛衰を綴った代表的な長編小説『ブッデンブローク家の人々』の舞台になった祖父母の家が資料博物館になっています。

ぼくは学生時代、この小説を読破しようと思いながら、途中で断念。

いまだに完遂できていません。

「ブッデンブロークハウス」でマンの直筆原稿などを目にし、再度、この小説を手に取りたいと思った次第。

しばし中世と文学の世界に浸れ、すごく贅沢な時間を満喫できました。

リューベックに来てよかった~(^_-)-☆

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