『蛇イチゴ』、『ゆれる』、『ディア・ドクター』など意外性のある作品を手がける西川美和監督の新作。
他人同士の不思議な絆が芽生える様子を、移ろう人の気持ちとシンクロさせ、バランスよく紡ぎ出した。
優しさが充満した人間ドラマ。
直木賞候補になった監督の自作小説を基に台本を書き上げた。
デビュー以来、オリジナル脚本を貫く姿勢は高く評価したい。
人気小説家の幸夫(本木雅弘)と美容師の夏子(深津絵里)は結婚20年目を迎え、夫婦仲は冷え切っている。
親友と一緒にスキーに出かけた妻が事故死した時、夫は自宅で編集者の女性と密会中だった。
罪悪感を抱くも、連れ合いの死に涙が出ない。
葬儀の間、悲しみを演じる姿が何とも見苦しい。
そんな幸夫が夏子と共に他界した友人の2人の子を世話することになる。
想定外の展開だ。
小学生の真平と保育園に通う妹の灯(あかり)。
悲嘆に暮れ、亡き妻の思い出に浸るトラック運転手の父親、陽一(竹原ピストル)が自分と全く対照的な人物だけに、幸夫は戸惑う。
身勝手に生きてきた主人公が慣れぬ子育てに悪戦苦闘するうち、「誰かのために生きる幸せ」を体感する。
その変貌ぶりが実にほほ笑ましい。
ほぐれてくる歪んだ自意識が丁寧に、かつユーモラスに描かれる。
とりわけ学芸員の女性が一家と親しくなり、幸夫が嫉妬心から感情を爆発させる灯の誕生会のシーンが秀逸。
物語の核となるところで、長回しが効いている。
心理的な不安や弱さを巧みに表現する本木の演技はいぶし銀の味わい。
熱い魂をストレートにぶつける竹原の素なる演技と見事に絡み合っていた。
他者との関わりの中で、自分を見出す。
生きることの素晴らしさを存分に実感させられた。
これまでの集大成と西川監督は言い切っている。
2時間4分
★★★★(見逃せない)
☆14日から全国ロードショー
(日本経済新聞夕刊に2016年10月14日に掲載。許可のない転載は禁じます)