雪解け水が大量の土砂を運び、大河に中州を作る。
小舟を漕いでやって来た老人がそこに「上陸」。
そして黙々と土を耕し、トウモロコシを栽培する。
かつてグルジアと呼ばれていたコーカサスの小国ジョージア。
その西部を流れるエングリ川が舞台である。
一見、のどかに見える。
そこはしかし、戦場だった。
1991年、ソ連邦からジョージアが独立した。
その時、文化、歴史、宗教などが異なる西方のアブハシア自治共和国がジョージアに組み入れられたことから、分離・独立を求めて紛争が起きた。
別にこの出来事を知らなくても十分に本作を理解できる。
川の両岸で兵士がにらみ合っている状況を頭に入れておけばいい。
頑固そうな老人の元に孫娘が手伝いに来る。
その子は両親を戦争で亡くした遺児。
中州の小屋で祖父と一緒に寝泊まりもする。
彼らはアブハシア人だ。
やがてトウモロコシが一面に育ち、生命の息吹が充満する。
青々とした葉がキラキラ輝く、その瑞々しい情景がたまらなく美しい。
まさに聖なる別天地。
ところが時折、銃声が聞こえ、見回りの兵士が立ち寄り、脱走兵が逃げ込んでくる。
なのに、そうした不協和音をすぐさま消し去る空気が中州に宿っている。
そこが本作の要諦である。
春から秋へと移ろう日々を淡々と捉える。
セリフがほとんどない。
否、言葉は不要なのだ。
なぜなら大自然に身を委ねた営み、つまり普遍的な価値観をギオルギ・オヴァシュヴィリ監督が描いているから。
そこには憎悪や殺戮の無意味さ、不条理さをじんわりと実感させる映像力が潜んでいる。
人間の存在のちっぽけさを具現化したラストシーンはとにかく圧巻。
心が揺さぶらされた。
併映の「みかんの丘」はこの紛争を異なった角度から見据えた作品。
1時間40分
★★★★(見逃せない)
☆8日~テアトル梅田で公開
(日本経済新聞夕刊に2016年10月7日に掲載。許可のない転載は禁じます)