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8月 20

スコットランド紀行(1)~エディンバラ

阪神、めちゃめちゃ調子がいいですね~。
ずっとルンルン気分です~♪♪
大阪タイガース時代の黒のユニホームが合っているのかも。
いっそのこと、「阪神タイガース」から「大阪タイガース」にチーム名を戻してもいいのでは。
本気でそう思っています。
朝からちと浮かれていますが、そろそろスコットランド紀行のレポートを始めたいと思っています。
旅の詳細は、『スコットランド「ケルト」紀行(2)~カレドニアを歩く』(仮題)という本として上梓する予定です。
どうしてスコットランドの(2)なのかというと、11年前の1999年に、『スコットランド「ケルト」紀行~ヘブリディーズ諸島を歩く』(彩流社)を出版しているからです。
それはスコットランド西部の島々に限定したもので、ぼくの「ケルト」紀行シリーズ全10巻の第1弾となった非常に思い出深い本です。
ありがたいことに近々、3回目の増刷が予定されておりまして、目下、改訂版の原稿作成に没頭しています。
シリーズ第4弾の『北アイルランド「ケルト」紀行~アルスターを歩く』(2001年)も増刷が決まっており、それも改訂版の原稿を書かねばなりません。
マイナーなケルト文化の本ですが、意外と売れているようです(笑)
スコットランド地図
さて、今回のスコットランドの旅は本土にターゲットを絞りました。
スコットランドはイギリス(連合王国=UK)の北部に位置しています。
緯度は、北海道よりもはるかに上で、カムチャッカ半島の付け根辺りに相当します。
はっきり言って、北国です。だから涼しかったです。いや、寒いときが多かった!
10年ぶり5度目のスコットランド訪問……。
何が変わったかというと、スコットランドがひとつの国にまとまっていたように思えたことです。
1999年にスコットランド議会が設立され、外交と軍事以外は、すべて自前で運営していくことになったのです。
つまりスコットランド政府が生まれたことになります。
イングランドと統合した1707年以降、292年ぶりの復活。
それまではロンドンの中央政府に頼っていました。
もともとイングランドとスコットランド(ウェールズもそうですが)は文化、歴史、民族、風土が異なっていますから、当然の成り行きです。
それがイギリス(連合王国)の本質でもあります。
イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド。これら“4国”
の連合体がイギリスという国家ですからね。
エジンバラ(2)
首都のエディンバラに着いたとき、どこか活力が感じられ、「スコットランド国」になったという印象を強く抱きました。
世界遺産に登録されているエディンバラの市街地はいつ見ても、圧倒され、心が打たれます。
威風堂々という表現がぴったしのエディンバラ城。
エジンバラ(1)
大昔、ケルト系の人たちの砦からこんな立派な城に発展していきました。
街の真ん中に横たわる丘の上に城がドカッと居坐っています。
ため息が漏れます。
大阪城も敵いませんわ。
エジンバラ(3)
エディンバラは落ち着いた佇まいなのですが、観光客がめっぽう多く、場所によっては雑然としているところがあったのが残念でした。
ぼくはスコットランド国立博物館にまず足を向けました。
そこでピクト人が残した造形品の数々と対面することができました。
今回の旅は、スコットランド人のルーツともいえるピクト人の足跡をたどるのが目的でした。
彼らはケルト系の部族です。
だからぼくの心を捉えるんですよ!!
エジンバラ(4)
彼らはこんなユニークな石の芸術品をいっぱい残しているんですよ。
ピクト人のことについては本でめいっぱい書きます。
ブログでは旅の雑感、スナップ風のエピソードを軽いノリで綴っていくつもりです。
普通ではなかなか行けないルートを旅してきました。
辺鄙な田舎ばかりです(笑)。
旅行会社に頼らず、すべて自分で計画を立てました。
受け身ではなく、前向きな旅!!
自分の人生観をそのまま投影させたような紀行でした(いつもそうですが)。
随時、レポートをアップしていきますので、お楽しみに~♪♪

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