武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

最恐のエンターテインメント~『来る』(公開中)

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映画ファンのための感動サイト「シネルフレ」で『武部好伸のシネマエッセイ』というコーナーを持たせてもらっています。

12月分は現在、公開中の日本映画『来る』です。

夜半、ウイスキーをちびちびやりながら、「遊び心」をめいっぱ盛り込んで書かせてもらいました。

以下に全文を掲載します。

~シュール、シュールで人の素顔を暴いてしまう「あれ」~

正直、怖い映画、ホラー系の映画は苦手です。『リング』(1998年)のテレビから出現する貞子。これは強烈でした。今でも長い黒髪と貞子という名がぼくの弱点になっています。とりわけ目に見えない得体の知れないものに襲われると、もうあきまへん。学生時代、『エクソシスト』(1973年)を観て以来、電車に乗ると、乗客の首が360度回るという恐怖心を植え付けられました。スティーヴン・キング原作の『シャイニング』(1980年)では双子の女の子に対してトラウマが……。

本作の「あれ」も正体を現しません。なんとも難儀な映画なので、試写をパスしようと思ったのですが、この原稿を書くために勇気百番、スクリーンと向き合いました。ところが、あら不思議、最後まで目を瞑らずに観ることができたのです。なぜかと言うと、あまりにもシュールな世界だったからです。怖さを通りすぎていましたわ。

会社員の田原秀樹(妻夫木聡)と香奈(黒木華)が結婚し、女の子の知紗が生まれてから、自宅マンションの部屋が荒らされたり、会社の同僚が原因不明の病で死んだりと次々に摩訶不思議なことが起こり始めます。「あれ」が来るのです。あくまでも、「あれ」です。「それ」にすると、『IT/イット』(2017年)になってしまいますがな。まぎらわしい。

前段として、秀樹が幼いとき、森の中で行方不明になった女児から「怖い誘惑」を受けるという伏線があります。悪いことをしたり、ウソをついたりしたら、さらっていく「ぼぎわん」というお化けの存在。「あれ」はそうなのでしょうか? 現在と過去が交錯し、あのときの女の子がなにか絡んでいるのではないかと思わせるところがホラーっぽいですね。

この秀樹、実に調子のええ男です。子育て日記というブログを立ち上げ、模範的な「イクメンパパ」ぶりをアピールするのですが、内実はすべて妻まかせ。外面がいいというか、目立ちたがり屋というか、とにかく自己中。やっかいですよ、こんな男。こういうタイプの人物を演じさせたら、妻夫木君の右に出る者はいないですね。軽妙さが抜群です。

この辺りでぼくの頭の中に疑問符が浮かんできました。主演の岡田准一がいっこうに登場しないからです。まさかこのままずるずるいくのではと危惧していたら、ようやく姿を見せてくれました! それもなにやら胡散臭い野村和浩というオカルトライターの役で。こんなややこしい岡田君、見たことありまへんわ。しかも真田広之の若いころとそっくり。こう思った時点で、すでに怖さとは無縁状態になってきつつありました。

その野村を紹介したのが、秀樹の高校時代の友人で民俗学者の津田大吾(青木宗高)。関西訛りで話す、これまたややこしい感じの男です。岡田君も、青木君も、黒木さんもみな大阪出身。それを活かし、彼ら3人が大阪弁で喋ったらオモロイと思ったのはぼくだけでしょうか。そんなことしたら、ホラーからコメディー路線に変わってしまいそうですね。中島哲也監督はさすがそこまでイチビリませんでした(*イチビルは「ふざける」「おちょける」という意味の大阪弁)。

野村の彼女っぽい比嘉真琴(小松菜奈)はキャバ嬢をしている霊媒師。彼女は秀樹の家族を襲う「あれ」を退治しに行くのですが、残念ながら、霊力が弱い。そのうち日本最強の霊媒師といわれる姉の琴子(松たか子)が現れ、いよいよ「あれ」と一騎打ち。この琴子、「リング」の貞子によく似た黒髪で、最もぼくの苦手とするタイプです。しかも色白でか細い声。こんな女性ににらまれたら、金縛りに遭いますわ。

物語は想定外の方向へと展開していきます。気が付くと、秀樹から野村に主役が変わっていました。やっぱり岡田君が主演で間違いなかったです。「あれ」のパワーが増大し、何人かが惨たらしく命を落とします(誰とは言いません!)。ここで、「なんで警察が出てけえへねん。捜査本部を置かなあかんやろ」と憤っても意味がありません。とにもかくにもシュールな話なのですから、現実から目を背けることが肝要です。

クライマックスがすごかった。神道の神主、密教の僧、修験道の山伏、沖縄の祝女(のろ)、韓国の巫(かんなぎ)といったシャーマニズム的な要素の強いキャラクターが一堂に会します。ここまで出すのなら、『エクソシスト』で実績のあるキリスト教(カトリック)の悪魔払いも呼んできたらええのにと思ったりします。いや、いっそのこと、ヒンドゥー教、イスラム教、クイーンのフレディー・マーキュリーが信仰していたゾロアスター教(拝火教)など世界のあらゆる宗教の聖職者が一丸となって、「あれ」と対峙してほしかった。賑やかしになってええ塩梅やと思うのですが、こういう発想、不謹慎ですかね……。

「あれ」は何だったのかを考える前に、主要な登場人物はみな、表と裏の顔を見せてくれました。秀樹はその最たるもので、良妻賢母である妻の香奈は毒婦的な面を覗かせ、クールに振る舞う野村はおぞましい過去を引きずっており、飄々とした津田も実はスケベ男であり、ケバケバしい真琴は母性愛豊かな女性といった具合にまったく異なるキャラを潜ませていました。

こう見ると、「あれ」は心の闇を顕在化させた妖怪のようなものであり、同時に人の素顔を暴くもののようにも思えます。あと3回ほど観たら、「あれ」の実像がわかってくるかもしれません。多分、観ないでしょうけど。というわけで、娯楽映画としてはよくできていましたし、冒頭から最後まで飽きさせなかった中島監督の演出力は高く評価したいです。ただ、1つやっかいなことがあります。緑の幼虫を見ると、ギャーッと叫んでしまいそうな気がしてならないのです。

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プロフィール

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武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。