Category Archive: デンマーク&北ドイツ紀行(2017年9月4日~14日)

9月 16

(14)デンマーク&北ドイツ~ギュンター・グラス&トーマス・マン in リューベック

ハンザ同盟ー-。

高校の時、世界史で習い、妙に興味を覚えました。

中世の末期(15世紀)、ドイツ国内で採れる塩(岩塩)を北欧やロシアなどバルト海諸国と取り引きし、隆盛を極めた北ドイツの都市同盟です。

数々の特権を求め、多い時には100以上の町が加盟していたとか。

その盟主として栄華を誇ったのがリューベックです。

威風堂々たるホルステン門、塩の貯蔵庫、市庁舎など、こぢんまりした旧市街のそこいらに往時を偲ばせる建物が残っています。

戦時中、街の大半が破壊されましたが、今や見事に甦っています。

路地に入ると、非常にシックな佇まい……(^_-)-☆

こうしたハンザ同盟の息吹きを感じ取るのがリューベックに来た目的なんですが、実はもう1つあるんです。

2人の作家ゆかりの地。

それがぼくを引き寄せました。

共にノーベル文学賞の受賞者です。

1人はギュンター・グラス(1927~2015年)。

ぼくにとってはドイツ映画『ブリキの太鼓』(1981年)の原作者として記憶に刻まれています。

生まれは現在のポーランドの港湾都市グダンスク(グダニスク)ですが、終いの棲みかがリューベックでした。

「ギュンター・グラス・ハウス」を訪れると、作家だけでなく、画家、彫刻家としての才能も強く認識させられます。

映画『ブリキの太鼓』の日本のポスターを目にした瞬時、懐かしさに胸が打たれました~💡😁

もう1人は、ギュンター・グラスが敬愛していたトーマス・マン(1875~1955年)。

映画愛好家なら、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』(1971年)をまず思い浮かべるでしょうね。

その原作者。

リューベックの豪商に生まれたトーマス・マンはまさにこの町が誇る文化人です。

自らの一族の4代にわたる盛衰を綴った代表的な長編小説『ブッデンブローク家の人々』の舞台になった祖父母の家が資料博物館になっています。

ぼくは学生時代、この小説を読破しようと思いながら、途中で断念。

いまだに完遂できていません。

「ブッデンブロークハウス」でマンの直筆原稿などを目にし、再度、この小説を手に取りたいと思った次第。

しばし中世と文学の世界に浸れ、すごく贅沢な時間を満喫できました。

リューベックに来てよかった~(^_-)-☆

9月 16

(13)デンマーク&北ドイツ~トランクが列車とともに去っていった!!

またも、えらいこっちゃ~😅❗😅

キールからローカル線の列車に揺られて1時間25分、終着駅のリューベック駅に着きました。

実は、途中からうとうとしてしまい、リューベックに到着した時、熟睡中。

乗客に起こされ、あわてて車内から飛び降りました。

そのとき、大阪の地下鉄に乗っているような錯覚をし、御堂筋線の心斎橋駅に着いた、そんな感じでした。

やれやれ、よかった~💡😁

と思いきや、何かおかしい??

「しもた❗ トランク(キャリーバック)を車内の荷物棚に置き忘れてしまった❗❗😵」

すでに列車の扉は閉まっている。

わ~っ、どうしょう、どうしょう。

そや、駅員か運転士に頼んでみよう(車掌はいません。2両編成のワンマンカー)。

そう思った直後、列車がガタンガタンと動き出した~💨

わ~っ、アカン、アカン❗

半泣きどころか本泣き~😭

周りに駅員がいない。

めちゃ焦る😭💦💦

とりあえずドイツ国鉄(DB)のインフォメーションに駆け込み、スタッフの年配男性に身振り手振りをまじえながら事情を説明しました。

こっちが必死の形相になっているのに、その人、何か知らんけど、笑いをこらえてはりました。

そんなにオモロいんかな?😅

まぁ、トランクを車内に忘れる人なんてまずいないでしょうから……( ;∀;)

キールの発車時刻を伝えたら、すぐに列車が特定されました。

その人の英語が非常に聞き取りにくかったんですが、おそらくこんなことを言うてはったと思います。

「その列車は近くの操車場に入りました。すぐに係員に取りに行かせまっさかい、ちょっと待っといてください」

よかった、よかった~💡😁

で、30分ほどしたら、作業着姿の職員がトランクを引きずってやって来ました。

「ダンケ・シェーン!! おおきに、ありがとうございます!! ほんまにすんませんでした~!」

操作場が遠いところにあったらどないなってたんやろ?

無事、手元に戻って、ほんまによかった❗

一件落着。

ホッとしましたわ~(*^^*)

幾度も海外に出向いていますが、こんな経験は初めて。

ドイツは日本と雰囲気が似ているので、脇が甘くなったのかな。

ともあれ、ドイツ国鉄に感謝感激です~❗❗❗

今宵はリューベック駅に足を向けて寝ないようにしますわ🙇

9月 16

(12)デンマーク&北ドイツ~旧軍港キールの今

6日目の朝。

北ドイツの港湾都市キール(Kiel)は人口25万人にしては非常に活気があります。

現在は軍港ではなく、海運、造船業などが主な産業らしいです。

もちろん、戦時中、街は徹底的に破壊されました。

内港には、かつての軍艦に代わり、観光船やヨットが停泊。

今しがたスウェーデンのステナ・フェリーが入港しました~🚢

土曜日の朝とあって、港の付近にはだれもいません。

なので、自撮りしました。

そのうち人が集まり始めました。

皆さん、いろいろ仮装をしてはります。

市民のボートレースみたいですね。

それにしても、天気、悪いでしょ?~😨

昨晩、天気が良ければ、オーロラが見えるはずでしたが、雨が降り続き…✨😨

今日も終日、北ドイツはこんな感じらしいです。

もう、デンマークと同じやん。

まぁ、距離的にあまり離れていないので、変わるはずがないんですが~(^o^;)

そう言えば、まだ一度もサングラスをかけてませんわ。

当然、日焼けはなし。

昨年のスペインでは、2日目にこんがり肌が焼けてきたのに~。

インドでは瞬時でしたが~(笑)

話は変わって、昨夜、泊まったのは家族経営のプチホテルでした。

イギリスで言えば、B&B(ベッド&ブレックファスト)です。

居心地が満点。

朝食のベーコン&エッグも絶品でした❗

お代金は約8000円。

まぁ、妥当でしょう👌

そうそう、昨夜の夕食は、駅構内のソーセージ屋さんでいただきました。

ドイツの白いソーセージ、大好物です~❤

それを目にした瞬間、即、ビッグサイズ+ビールを注文。

パンは何個でも付けてくれはります。

死ぬほど美味かった~💡😁

一本食べたら、腹一杯~❗

夕食代、安く浮きましたわ(笑)

体がソーセージになった気分~(*^^*)

ぼくは基本的にチープな庶民の味が好きなんやと改めて実感した次第~✌

日本への土産はドイツのスーパーでホワイト・ソーセージの缶詰に決めています~(*^^*)

【ドイツがデンマークと違うところ】

・信号を無視する人が多い(笑)

・ややこしそうな人、怪しそうな人がいてはります。

・デンマークでは見かけなかったホームレスの人も目につきます。

・ドイツ人の方がエネルギッシュ。

・街にゴミが目につきます。

もう少し街を散策してから、リューベックに向かいます~💡😁

9月 16

(11)デンマーク&北ドイツ~Uボートはでっかかった!!

ドイツの潜水艦Uボートとご対面~❗❗

キールの北約25キロの保養地ラボエ ・ハーフェン(Laboe Hafen)へ市バスで向かいました。

タクシーなんか使うたらソン。

市民の足、市バスを利用しない手はない。

ラボエ・ハーフェンのビーチは、「今はもう秋、誰もいない海~♪♪」といった感じ。

海水浴客が見当たらず、パラセーリングを楽しむ若者たちの姿だけ。

哀愁が漂っていましたね。

寒々しい光景ながら、実に絵になっていました。

ビーチをどんどん北へと歩を進め、1.2キロのところにUボートとがデンと居座ってはりました。

レプリカではなく、本物。

世界で現存する唯一のUボートらしいです。

説明板によると……。

U995。

1943年、ハンブルクで建造され、ドイツ占領下のノルウェーをソ連から防御するため、主にバルト海で展開していたようです。

敗戦時、イギリス海軍に拿捕され、ノルウェー海軍に引き渡されてから、当時の西ドイツに返還されました。

全長67・2メートル、総重量113・5トン、最高速度17・7ノット、最高深度120m(実際は240mまでも)、乗務員44~52人。

船内に入ると、あのドイツ映画『Uボート』(1981年)の世界が甦ってきました。

潜望鏡のある部屋

通信室

船内は狭いです

機関室

魚雷の下にベッドが

魚雷発射管

この潜水艦は間違いなく戦争を〈記録〉しています。

背後にドイツ海事記念館の記念塔(高さ8メートル)がそびえており、地下が海軍兵士の慰霊場になっていました。

こういう施設をもう二度と作ったらあきません!!

9月 16

(10)デンマーク&北ドイツ~太陽を求めてドイツへ南下

太陽光を求め、寒さから逃れるため、ユトランド半島北部の町オールボーから列車で一気に南下し、ドイツに入りました~💡😁

デンマークとしばしお別れ。

北ドイツは行きたい所がいっぱいあるんですが、最初に向かったのがキールです。

ユーレイルパス(デンマーク、ドイツの2か国)を持っているので、ほんま便利です~💡😁

キールは第二次大戦中、ドイツ軍の軍港でUボートの基地でした。

第一次大戦末期にはキール軍港で水兵が反乱(ドイツ革命)し、それによって大戦が終結しました。

そのキールの町が今、どうなっているのか知りたくて~✨

列車はオールボーから2回乗り換えてキール駅に到着。

途中、デンマーク国鉄(DSB)のIC(インターシティ)は満員状態で、びっくりポンでした~👀

予約するのを忘れていたので(こんなんばっかりや~😅)、デッキで立っていたら、女性の車掌さんが「次の駅でそこの席が空きます」と教えてくれ、ほんま、助かりました❗

国境の町フレンスブルクからキールまでのドイツ国鉄(DB)のローカル列車はガラガラ。

と思いきや、途中の駅から高校生のグループと小学生の遠足の一団が乗り込み、カオス状態に~💨

その直後、若い男性教師のドスの利いたすごい大声が車内に響き渡りました。

「こら、静かにせんかい❗」

多分、こんなことを言いはったと思います。

そう一喝すると、水を打ったようにシーンと……。

ぼくも他の乗客もビクッとしたほど迫力満点の声。

ほんま、びっくりしましたわ~😅

それにつられ、高校生たちも自分らが怒られていると思い、騒ぐのを止めてしまった。

ビビってる~(笑)

すごい威力~❗ 恐れ入りました~🙇⤵

キール駅に降り立つと、雨は止んでいるものの、デンマークより体感的に寒い~😨

一体、いつになったら、お日さんを拝めるんやろ~😅

もはや半ば諦めの境地です。

9月 16

(9)デンマーク&北ドイツ~スマホの充電器+コードを置き忘れた!!

スマホの電池残量が少なくなってきたので、充電しようと思ったら、ない!!

充電器+コードがショルダーバッグの中に入ってない!!

しもた!、あの「火事騒ぎ」のあったオーデンセのホテルに置き忘れてきた~(”_”)

この部屋に充電器を置き忘れました!

よほどあのホテルとは相性が悪いみたい(笑)

スマホの電源がなくなれば、オジャン。

旅の情報が取れなくなるので、まさに「生命線」(大層な~😅)

この国では列車の時刻表はネットでしか見ることができないんです。

そこで、オールボーのホテルで、笑顔の可愛いフロントのお嬢さんに事情を説明したら、すばやくオーデンセのホテルに電話をしてくれました。

名札には「ジャクリーン」と。

「Cab inn Hotel」という同じホテルチェーンですから、スムーズに事が運びます。

「充電コード、ありましたよ~❗」

「そら、よかった、よかった❗ 」

「で、どのように受け取りはりますか。 明日、オーデンセに取りに行きはりますか」

うーん、寄り道してたら、時間がもったいない~😅

「明日、ドイツに行っちゃうんですよ」

「ありゃ、せやったら、ドイツのホテルに送ってもらいましょう」

「いや、それがドイツのどこに行くかもまだ決めてませんねん」

「えっ~❗」

なぜかジャクリーン嬢はケラケラ笑った。

「いっそのこと、日本のご自宅に送りましょうか」

いや~、何か申し訳ないな……。

でも、「火事騒ぎ」があったことやし、そうしてもらおうかな。

あれこれ考えていると、彼女がいきなり質問を投げかけてきた。

「帰りはドイツから飛行機に乗りはるんですか?」

「いや、コペンハーゲンです。ドイツに行って、またデンマークに戻ってきますねん」

「オー、ラッキー~😃💕」

「えっ、なんなんですか?」

「コペンハーゲンにうちのホテルチェーンがあるので、そこに泊まってくれはったら、オーデンセのホテルからコペンハーゲンのホテルにコードを送ってもらえます」

そのホテル、初日と2日目に泊まりましたがな。

そのことを伝えると……。

「もう一度、泊まりはったら、すべて解決。予約入れときま~す👍」

ということで、帰国前の2日間、コペンハーゲンの同じホテルに泊まることに相成りました~💡😁

旅の最後は別のホテルにしようかなと思うてましたが、まぁ、このホテルとはとことんご縁があるということですね(笑)

デンマーク=Cabin inn Hotel

ぼくの頭の中で完全に結びついてしまった~💡😁

そうこうするうちに、スマホの電池がだんだん減ってくる~😅

ジャクリーン嬢は近くのパソコン&スマホショップを教えてくれ、難なく新しい充電器+コードをゲット。

代金は約4000円なり。

バタバタしていたので、彼女の写真を撮れなかったのが残念無念~😨

以上、ささいなトラブルを書かせていただきました~💡😁

9月 16

(8)デンマーク&北ドイツ~アクアヴィットの工場&ヴァイキング遺跡

ユトランド半島の北部に位置するオールボー(Aalborg)に来たのは2つの目的があったからです。

1つ目は、ジャガイモを主原料にした北欧の蒸留酒アクアヴットの代表的な銘柄「オールボー」の工場を見学すること。

オールボーの町で製造されたので、その名を冠しています。

洋酒愛飲家の方なら分かってくれはると思いますが、一般には馴染みが薄い~😅

バーでも置いているお店が少ないです。

ある意味、ジャガイモの焼酎……。

アクアヴット(Aquavit)とは「生命の水」のこと。

ウイスキーも同じですね~💡😁

マイナー志向のぼくには気になって仕方がないお酒なんです。

「オールボー」の蒸留所は町の西外れにありました。

レンガ造りの巨大な建物。

しかし、どうも様子がおかしい……。

稼働している様子がなく、ブルドーザやクレーン車が頻繁に構内に入っていくのです。

作業員のおじさんに聞くと……(英語が通じるから楽チンです)。

「2年前、ノルウェーの大手酒造メーカーに買収されてから、オスロの近くで造られてます。以来、解体工事を続けています」

ガーン~❗😨❗

そんなアホな。

「日本からわざわざ来たんですよ~❗」

ほんま、詰めが甘かった。そういう事実になっていたとは……。

そのおじさん、あまりに落胆していたぼくを気遣い、「記念に写真を撮ってあげますわ」。

おおきに、ありがとさんです~💡😁

気を取り直し、2つ目の目的地リンホルムという場所に市バスに乗って向かいました~🚌

そこは北欧最大のヴァイキング遺跡のある所です。

800年ごろから250年間、イギリス、アイルランドなど西ヨーロッパの沿岸を荒らし回った海の民(海賊?)です。

アイルランドの首都ダブリンはヴァイキングによって築かれた町です。

つまり、今の北欧の人たちにとってご先祖に当たります。

ぼくが追い求めている「ケルト」とも密接に絡んでおり、デンマークに来たら、必ずここを訪れようと思うてました。

羊が放牧されている、なだらかな丘の斜面に数え切れないほどの石が点在していました。

埋葬(火葬)の跡、住居跡などです。

羊の横でそれらを眺めていると、略奪を繰り返す恐ろしいヴァイキング像が脳裏に浮かんできますが、実際は北欧で農耕や漁業を営む穏やかな定住者だったようです。

ヴァイキングの装飾、紋様がケルトのそれと似通っているのが気がかりです。

夜になると、雨がひどくなり、気温もグンと下がってきました(12~13度)。

こんな天気、大嫌いや~❗😨❗

とにかく体を温めようと、晩御飯はちょっと贅沢し、デンマークの郷土料理をはじめ50数種類のおかずをビッフェ形式でいただけるレストランに入りました。

これぞ、本場のバイキング料理~(^_-)-☆

ポークの料理が多いです。

3皿食べたので、腹一杯になりました。

白ワインと赤ワインを味わい、締めて日本円で3500円。

まぁ、妥当ですかね~( ^^) _旦~~

満足、満足。

9月 16

(7)デンマーク&北ドイツ~デンマーク人とは?

深夜の「火事騒ぎ」の翌朝、チェックアウト。

「昨夜はエキサイティングだったでしょう」

フロントのおばさんが冗談交じりで言う。

「はい、旅の最大の思い出になりました」

こちらもジョークで~(笑)

こういう時は大人の対応が肝要ですね。

「迷惑をおかけしましたので、サービスで宿泊費を割り引きさせていただきます」

日本ならこういう言葉が返ってきそうですが、こちらでは当然、ありません(笑)

これからユトランド半島北方のオールボーに列車で向かいました。

オーデンセ駅。疲れた顔の人が目立ちます~(”_”)

車内はほぼ満席。

ぼくの周囲はみなご高齢の方々ばかりで、皆さん、気持ちよぉ寝てはります~(笑)

到着まで2時間以上あるので、暇つぶしにデンマーク人の所感を列挙します。

一介の観光客で、しかも短期間の滞在ですが、それを承知の上で~😅

何かアトラクションがあるのか。仮装する人たち。オーデンセで。

★社会ルールをよく守る。

車が来ていなくても、赤信号なら絶対に渡らない。

イラチのぼくが赤で渡ろうとしたら、「ナイ(英語でNo)」とおばちゃんに止められました~😓

ヨーロッパで一番、信号を守らないのはイギリス人かも~(笑)

チャリの人は何があっても自転車道から外れない。

舗道ではみな、きちんと右側通行を守っています。

ぼくが左側を歩いていたら、向こうから来た人が「右に寄りなさいよ」と手で合図されました。

列車に乗り込む時も列を乱さない。

実に整然としています。

★非常に冷静

昨夜のハプニングでも、「えらいこっちゃ❗」と動揺しているのはぼく1人だけでした。

3階の部屋から階段を伝って避難中、焦っていたぼくに大学生らしき青年が「落ち着いて、落ち着いて」となだめてくれました(笑)

皆さん、事態の推移を腰を据えてじっと眺めてはりました。

★酒呑みが多い

昼間から缶ビールを手にして歩いている人をよく見かけます。

普通のサラリーマン風の人も。

ジュース代わりなんでしょうかね~🍻

アルコール依存症とドラッグ禍が社会問題になっているようです。

★意外と喫煙率が高い

タバコは一箱、1000円ほどするのに……。

もちろん、根元まできっちり吸ってはります。

★英語が母国語

幼い子は別にして、国民のほぼ全てが英語を流暢に喋ってはります。

小学校から徹底した英語教育が行われているそうです。

★イギリス大好き

第二次大戦時、デンマークは中立国だったのに、ドイツが攻めて来ました。

その時、街が破壊されるのを防ぐため、早々と降伏したというのです。

ナチスは長く持たないであろうと見越してのことだったそうです。

そのためデンマークでは、戦災がほぼ皆無。

そしてイギリス軍がドイツから祖国を解放しました。

アメリカ軍は関与していなかったそうです。

そんな歴史的な事実を踏まえ、イギリス好きになっていったみたいです。

コペンハーゲンの「人魚の像」近くにチャーチルの像がありました。

キリがないので、この辺りでストップ~😓

それにしても、デンマークは平べったい。

ペターンとしています。

アイルランドもそんな感じですが、それでも緩やかな丘がありました。

この国には全く起伏がありません。

地球温暖化で異常に海面上昇したら、国土が全て水没してしまうのでは~とふと心配になりました~😅

9月 16

(6)デンマーク&北ドイツ~すわっ、火事や!!!

えらいこっちゃ~❗

アンデルセンの町、オーデンセのホテルで爆睡していたら、突然、「パプパプパプ~」と部屋に大音響がとどろきました。

まずはその音の大きさにびっくり。

あわてて照明をつけると、天井の火災報知器が赤く点灯している。

わ~っ、火事や~❗❗

どないしょ、どないしょ~( ;∀;)

とりあえず、短パンの上からジーンズをはき、ユニクロのパーカーを羽織り、パスポートや財布の入ったショルダーバッグを抱え、部屋の外に飛び出しました。

廊下は他の宿泊客でいっぱい。

でも、押し合うこともなく、黙ったまま整然と階段で3階から外に避難しました~💨🏃

「えらいこっちゃ! えらいこっちゃ!」と動揺しているのはぼく1人だけ~(笑)

屋外に出ると、すでに大勢の宿泊客が冷気の中で心配そうに立ち尽くしています。

近所の人も来ています。

出火場所は??

うーん、火と煙が見えない。

そのうち消防車4台が来て、消防士たちがホテル内を点検。

外は寒い。体がブルブル震えてきた~~(‘_’)

20分後、火災報知器の誤作動とわかり、みなホッとしました。

よかった、よかった~💡😁

19年前、スコットランド・グラスゴーの安ホテルでも同じ経験をしました。

日本では皆無です。

それにしても、宿泊客の冷静かつ、秩序だった行動には驚かされました。

部屋に戻ったとき、ずっと左手で靴下を握りしめていたことが判明しました(笑)

なんで靴下やねん!

あれっ、もう片方は?

それがいくら探してもないんです。

不思議やなぁ……。

まぁ、どこかから出てくるやろ。

そして再び爆睡。

翌朝、ジーンズをはいたとき、後ろのポケットがもぞもぞするなと思い、さわってみると、何ともう片方の靴下がねじり込まれていました~((+_+))

9月 16

(5)デンマーク&北ドイツ~アンデルセンの町、オーデンセ

3日目(9月6日)、今日は終日、雨模様~☔

気温も14度。

秋深し~といった感じですね。

ヒートテックのユニクロのパーカーを持ってきて大正解でした~✌

午前中にコペンハーゲンから西方のオーデンセに国鉄(DSB)のIC(インターシティ)で向かいました。

中央駅はそれなりに賑わっていました。

コペンハーゲン中央駅のプラットホーム

車内はゆったりして、温かくて快適です~(^_-)-☆

結構、お喋りが飛び交っています~😅

ぼくの隣はイスラム教徒の娘さん。

何やら化学系の難しそうな本を熟読してはります。

理系女ですね(笑)

そうこうしているうちにオーデンセに着きました。

乗車時間は1時間15分。

オーデンセは童話作家アンデルセンの生誕の町です。

コペンハーゲン⇒オーデンセは月並みなコースかもしれませんが、やはりアンデルセンの名には引きつけられます~(笑)

どこでも地方、田舎の町に行くと、落ち着きますね~💡😁

オーデンセ(人口18万人)も典型的な地方都市。

ダウンタウンの街並みは限りなくイングランドの田舎町に近いです。

だから、妙に懐かしく思えて~✴

アンデルセンの生家と幼少期に育った家は完全修復され、博物館になっています。

アンデルセン博物館の玄関

直筆原稿は見ごたえありますね。

アンデルセンが生まれた19世紀前半、生家は町の最貧困地区だったそうですが、今やおとぎの国に出てきそうな可愛いエリアに変貌を遂げています。

アンデルセンの生家

アンデルセンが幼いころに育った家

アンデル関連スポットを巡るのが観光ルートになっています。

ほんま、せっせと歩きました~😅

一応、街を散策し、バーで白ワイン(スペインのシャルドネ)をちびちびやりながら休憩していると、若い女性に逆ナンパされました(笑)

というのはウソで、以前、日本語を習っていたとかで、「日本人なら、日本語で会話しませんか?」と。

ルナという名のその子は、どうやら日本語に飢えているみたい~💡😁

お互い、「片言」の日本語であれこれ喋っていました。

ときには日本語教師として、「大阪弁」をいろいろ教えたりして~(^_-)-☆

このあと彼女の知り合いの青年がやって来ました。

ニックネームはロバーツ。

韓国人ですが、デンマークで育ったそうです。

何でも7年前、東京の浅草で3か月間、暮らしていたそうで、この青年も「何か日本語を教えてください」と。

近くのレストラン・バーでマネージャーをしており、その店に連れて行ってもらいました。

でっかい店でした。

でも、高そう……( ;∀;)

このまま居続けたら、ここで夕食を取らねばならなくなりそう。

こういう店、あんまり好きではないんです。

「疲れたから、ホテルに戻りますわ」

そう言うと、別に引き留めもせず、そのままさわやかに別れました。

まぁ、旅に出れば、いろんなオモロイ出会いがありますね~☺

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