Category Archive: 南インド紀行(2015.2.14~27)

3月 09

南インド紀行(20)~エピローグ

2月26日の夜。

 

南インド・トリヴァンドラムからシンガポール経由で日本に帰るフライトの時間が迫ってきました。

 

今回の旅の「虎の巻」は『地球の歩き方  南インド編』(ダイヤモンド社)でした。

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全て頼りっぱなし。

 

このガイドブックがないと、放浪の旅はできなかったでしょう。

 

これまでのヨーロッパ「ケルト」取材旅行では、観光ルートからそれた僻地に足を運ぶケースが多く、『地球の歩き方』をあまり利用しませんでした。

 

「ケルト」ゆかりの地や遺跡へのアクセスは、博物館の学芸員に聞いたり、観光案内所のスタッフに調べてもらったりとかなり苦労しています。

 

だから、南インドの旅は難易度から言うと、それほど高くなかったです。

 

楽チン、楽チン~(^_^)

 

2月14日にトリヴァンドラムに到着後、年齢も鑑みず、思うがまま各地を放浪してきました。

 

大きなハプニングと言えば、長距離列車から飛び降りたあの「危機一髪」のケースだけで、あとはノープロブレムでした。

 

オカマバーに入ってしまったのは、まぁシャレです~(笑)

 

お腹を下すこともなく、毎日しっかり三食頂き、元気いっぱい。

 

食事は理屈抜きに美味かった~(*^^*)

 

肉体的には1つだけ苦痛がありました。

 

サンダルずれです。

 

移動中は、(あのボロボロになった)クツを履いていましたが、街中では、いつも裸足にビーチサンダルでした。

 

日本ではめったにビーチサンダルを履かないので、両足の親指の外側と左足の底にでっかい水ぶくれができてしまいました。

 

それも旅の3目辺りから。

 

とにかく痛い!!

 

ヒンドゥ寺院では裸足にならねばならず、境内を歩くのがほんまに辛かったです。

 

現地の薬局でインド産のバンドエイドを大量に購入し、しょっちゅう貼り換えていました。

 

そのバンドエイド、強力です。

 

一度、貼ると、剥がすのにひと苦労~(‘;’)

 

1週間目、水ぶくれが破れてしまい、そこからばい菌が感染しないかとヒヤヒヤしていましたが、幸い大事に至らずにすみました~(^_^)

 

宿屋も飛び込みで、それほど苦労せずに取れました。

 

鉄道駅やバス・スタンドの近くで眼についた宿屋に直談判したり、リクシャーの運転手を信頼してホテルに連れて行ってもらったり。

 

安宿は「LODGE]、そこそこのレベル以上が「HOTEL」とランク分けがあることを知りました。

 

今回はすべてHOTELを使いました。

 

学生時代なら、まず間違いなくLODGEかドミトリーに泊まっていたと思うのですが、年齢のことを考えると、そこまで無理する必要はないと判断したからです。

 

そしていつもながら、よく歩きましたわ。

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それも炎天下に。

 

日焼けで2度も皮がむけました~!!

 

ずっと快晴で、日中は33~35度の酷暑でしたが、ペットボトルの水で補給していたので、熱中症でへたばることもなかったです。

 

一番日差しのきつい午後3~4時、よく宿屋で昼寝していました。

 

シャワーで汗を流してから、天井の古びた大型扇風機がガタガタと音を立てる中、大の字になると体力がいっぺんに回復します。

 

水のシャワーが気持ちよかった。

 

物乞いの人や子供たちに囲まれ、お金をせびられることもなかったです。

 

たまに修行僧の人に「バクシーシ(喜捨)」と手を出されました。

 

小銭があれば、渡していましたよ。

 

しつこく土産物を売りつけてくる人がいましたが、毅然とした態度を示し、「No thank you」と言えば、大概あきらめてくれました。

 

それでも食らいついてくる人には、「ほんまにええ加減にせんかい。しつこいのは嫌われるぞ!」と大阪弁でまくしたてていました~(^_^.)

 

こういう時の大阪弁は効きます!

 

概して、あっさりしてはりますねぇ、南インドの人は。

 

リクシャーで運賃を払おうとしたら、ほんまかどうか知らないけど、「お釣りない」と運転手から言われ、「お釣りええわ。取っといて」と多目に渡したこともしばしば。

 

でも、それもノープロブレム。

 

何か全てにおいて寛大になれました~(*^^*)

 

ほんま、いろんな人と出会え、いろんなところを訪れ、いろんな出来事を体験できました。

 

思いのほか刺激的な素晴らしい旅になったと思っています。

 

何たって、念願叶い、インド亜大陸最南端カニャークマリ(コモリン岬)で、「イェーツ~!」と絶叫することができたのだから、もう最高です~(*^^*)

 

やはり自分の足で現地を踏み、自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分の鼻で匂いをかぎ、自分の肌で接することに尽きますね。

 

それも受け身ではなく、能動的に~!‼

 

まさに現場主義です。

 

「ケルト」の取材旅行で貫いてきたスタンスがインドでも十分、通用できたことが何よりもうれしいです。

 

それと旅立つ前、インドの文化、歴史、民族、宗教、言語などをしっかり「予習」しておいたのがよかった。

 

せっかく南インドまで行くのだから、国と人々をじっくり見てみたい。

 

単に観光だけで終わらせるのはもったいない。

 

現地で、実際に「ウラ」を取り、その上でいろんなことを発見し、旅に広がりができました。

 

旅するには、常に能動的になり、その国のことをある程度、知っておく。

 

それが充実した旅にするための鉄則ですね。

 

インドは映画大国です。

 

チェンナイやトリヴァンドラムでも映画が製作されています。

 

映画が大好きで、それを生業にしているぼくには非常に魅力的な国です。

 

本来なら、撮影所を訪れたいところなのですが、それをやると、必死で取材してしまい、完全に仕事になってしまう。

 

今回はあくまでも仕事抜きの旅にしようと決めていました。

 

だから、撮影所や映画館などあえて映画関連のスポットを外しました。

 

それでよかったと思っています。

 

還暦記念のバックパッカー南インド1人放浪の旅。

 

ほんまに、ほんまに、ほんまに敢行してよかった~(*^^*)

 

熱かっただけで、不思議と疲れていません。

 

南インドはぴったり肌に合ったようです。

 

今度は中部インド、その次は北インドと北上していこうかな~(笑)

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インドに行きたいと思っている人、だれもが目指すガンジス川流域の北インドではなく、まずは穏やかな南インドからスタートしてみてはどうですか。

 

きっとインドが好きになりますよ。

 

観光化による俗化があまり進行していません。

 

治安もいいです。

 

現地の人はほんまに純朴でした。

 

ワンちゃんも無防備です~(笑)

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南インドの人は北インドを怖がってはりました……(*_*)

 

なにか別の国のようにとらえている人もいましたね。

 

ともあれ、ぼくに温かく接してくれた南インドの人たち、おおきに、ありがとさんです~!!

 

一生、忘れません。

 

27日の夜、無事、関空に着き、これをもって、「南インド紀行」を終了します。

 

イェーツ~\(^o^)/

 

3月 09

南インド紀行(19)~愛すべき南インドの人たち

どんなややこしい国なんやろ~。

 

インドへ旅立つ前、ニュースや映画、書物などで知り得ている情報を総合すると、結局、上記のイメージを抱かざるを得ませんでした。

 

そして好奇心と期待感を胸いっぱいに抱き、インドの土を初めて踏みました。

 

ゆめゆめ不安感はなかったです~(^-^)

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穏やかな南インドとあって、思いのほかギスギスしていないし、それほどややこしいところでもないな~というのが第一印象でした。

 

こちらに来て、よく目にしたインド人(あくまでも南インドの人です)の振る舞いや目についた点を列挙します。

 

日本人の感覚からすれと、「えっ~!」と驚いてしまうことです。

 

ちょっとマイナス面が多いかもしれませんが、決して彼らの生活習慣を否定しているわけではありませんので、お含み置きを。

 

『道にツバを吐く人がやたらと多い』

 

歩きながら、車を運転しながら、人と喋っていながら……。

 

最初は、キンマの葉に香辛料やタバコ、果実などを包んだ「パーン」を捨てているのかなと思いましたが、南インドでは「パーン」を噛んでいる人をあまり見かけませんでした。

 

だから普通のツバ。

 

唾液の量が多いのかな~(^-^)

 

『平気でゴミを捨てる』

 

街によってはちゃんとごみ箱を設置しているところもあるのに、それでもポイと道に投げ捨てる人がいてはりました。

 

駅のプラットホームでも、ペットボトルを線路に放り投げたり、河川敷にゴミをどっさり放置したり。

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ぼくが街角で揚げパンを食べたあと、それを包んでいた新聞紙をビニール袋に入れてショルダーバッグに収めたのを、周りの人たちがまるで異星人に出会った目付きで見てはりました(笑)

 

もちろんゴミを捨てない人も多くいます。

 

それにゴミを拾うのを仕事にしている人もいると聞いています。

 

だからゴミのポイ捨てが悪いともいえないのですが……。

 

難しいところですね。
『列に並ばない、すぐ割り込もうとする』

 

寺院の入り口や列車のチケット窓口などで並んでいたら、スッと横から入ってきはります。

 

それが当たり前のように~!

 

「After you(お先にどうぞ)」と紳士的に言うと、「おまえ、アホちゃうか」といった顔つきになった人もいました(笑)

 

リクシャー(オート三輪のタクシー)に乗っていても、絶対に道を譲りませんね。

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他の車に先を越されてたまるものかとガンガン攻めていく~(*_*)

 

人口が多いから、そうしないと生き抜いていけないのでしょうか……。

 

『とにかくよく首を横に振る』

 

リクシャーの運転手に代金を払い、「サンキュウ」と言うと、ニコニコして頭を左右に振り続けてはります。

 

横振りは結構、難しいと思うのですが、100人中100人がみなそうなんです~(笑)

 

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首を縦に振っている人を見かけたことがありません。

 

「Yes」の意思表示らしいですね。

 

そう言えば、昔、吉本興業に淀川吾郎という芸人がいました。

 

インド人はあそこまでグルグル回していませんが……(笑)

 

『英語をよく話す』

 

日常会話なら、ほとんどの人が喋れると思います。

 

とりわけ若い人は、独特な発音とイントネーションがあるとはいえ、流暢に話します。

 

年輩者でも、単語を言えば、たいていわかってくれはります。

 

北インドより南インドの方が教育水準が高いらしいですね。

 

『めちゃめちゃ人が多い』

 

頭では理解しているんですが、実際に街中を歩くと、人、人、人だらけ。

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長距離バスも幹線ルートなら、30分に1本出ています。

 

それでも追っつかず、バスが牛詰め状態になることもしばしば。

 

食堂に入ると、店員の多さに驚かされます。

 

客がぼく1人だけで、従業員が5人というケースもありました。

 

「美味しいですか?」

 

「ライスのお代わりは?」

 

「(天上の)扇風機を強くしましょうか」

 

いろいろ気を遣ってくれはります。

 

彼らに囲まれて食べている感じで、それはそれで楽しかったです。

 

よほど人が余ってるんや。

 

調理人、テーブルを拭く人、料理をオーダーして運んでくる人、レジの人、便所掃除の人……と役割分担が徹底されています。

 

そこにもカースト制が根づいているそうです。

 

子供も働いています。

 

とにかく子供が多い。

 

ほんまに人口がどんどん増えているのを実感できました。

 

現在、12億人。

 

近い将来、中国を抜いて世界一になるでしょう。

 

今の日本では感じられない活気がほとばしっています。

 

この国は伸びる!

 

ほんまにそう思いました。

 

☆     ☆     ☆

 

ざっとこんな感じですが、ついでに外国人観光客として改善してほしい点を挙げておきます。

 

『観光案内所(Tourist Office)』

 

最低限、街の地図くらいは用意しておいてほしいです。

 

どこも簡単なリーフレット程度しかもらえませんでした。

 

いや、何も資料がないところもありました。

 

地図があれば、旅行者にとってどんなに楽か~。

 

観光を産業に採り入れたいのなら、観光案内所を拡充する方がいいと思います。

 

『列車のアナウンス』

 

〈南インド紀行(17)~危機一髪〉のところで触れましたが、英語で車内アナウンスをしてほしいです。

 

電光表示があれば、申し分ないです。

 

まぁ、それは車両を全リニューアルしない限り、無理でしょうが。

 

降車駅は、チケットに印字された時刻で判断するしかありません~(((^^;)

 

「Googleマップ」でも検索できますね。

 

でも、スマホを持っていない人もいます。

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これはインドに限ったことではないですね。

 

ヨーロッパの鉄道でも車内アナウンスのない列車が多かった~(((^^;)

 

ただインドの場合、列車が遅れるのが当たり前で、乗り過ごすと、とんでもない距離になってしまうので、旅行者には切実です。

 

 

以上、南インドの人たちに対する感想をあれこれと綴りましたが、結論から言えば、非常に愛らしい人たちでした~(^_-)-☆

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ぼくは大好きです!!

3月 09

南インド紀行(18)~コヴァーラム・ビーチ

昨夜、列車から飛び降りるという「荒業」を使って、真夜中にトリヴァンドラムに到着。

 

中央駅前から乗ったリクシャーの運転手におススメ宿まで連れて行ってもらい、野宿せずにすみました~(^_^.)

 

今、思うに、あの飛び降りはインドの列車だからこそできたこと。

 

日本なら、発車したら扉が閉まっていて、あんなことできないし、加速がついてまず飛び降りるのが不可能です。

 

昨夜の急行列車は20両以上つないだ客車を1台の電気機関車が引っぱっていたのだから、なかなか加速がつかない。

 

ぼくが飛び降りた時も、それほどスピードが増していなかったのかもしれませんね。

 

その翌日(25日)、午前中はトリヴァンドラム市内の北部にある動物園を見物しました。

 

野生王国のインドでどんな動物を飼育しているのか気になっていたからです。

 

動物園には幼稚園児や小学生がいっぱい来てきました。

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みな小ざっぱりしています。。

 

キリスト教系の学校の子供たちです。

 

動物園は見事なほど整然としていました。

 

これぞ熱帯の動物園、そんな感じでした。

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インドの動物の象徴トラをはじめ、豹やホワイト・タイガー、そして南米のジャガーもいました。

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インドライオンも飼われているようですが、この日は残念ながら、見れなかった。

 

そして午後から近郊のリゾート地、コヴァーラム・ビーチにやって来ました~(^-^)

 

トリヴァンドラムからバスで30分。

 

そこはアラビア海に面してリゾートホテルが建ち並ぶ別天地でした。

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北側のビーチはインド人が多く、欧米人の保養地となっている南側とは雰囲気が異なっています。

 

せっかくインドにいるのだから、北のビーチで泊まりたかったのですが、海岸通りを歩いているうちに南側に達していました~(^_^.)

 

宿屋も、素泊まりで、800ルピー(約1600円)で難なくゲットできました。

 

1階の右端の部屋です。

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ここはどういうわけか、ロシア人が多い。

 

あとイギリス人にフランス人にドイツ人……。

 

何だか地中海のリゾート地にいるみたい。

 

海辺のレストランの客は全て欧米人でした。

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ぼくがランチを取ったカフェ・レストランでは、隣の席で中年の2人のご婦人がイタリア語をまくし立てていました。

 

インドでイタリア人に会えるとは思わなかった~(^q^)

 

これまで見てきたインドとは何もかも異なり、夢見心地でした。

 

ビーチを望めるカフェ・レストランではたいていビールが飲めます。

 

ぼくはチキンカレーとビールでお腹を満たしました。

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実はカレーはそんなに辛くないです。

 

むしろ甘辛い感じ。

 

スパイシーなチキンカレーが欲しかったので、チキンマサラを注文すべきでした。

 

つい日本の感覚で、チキンカレーと言ってしまった~(‘;’)

 

ビールのボトルはテーブルの上ではなく、下に置かれます。

 

なんでか??

 

ケララ州は禁酒地域になっており、酒を出すにはライセンスが必要なんです。

 

それを取得するのが結構、難しいみたいで、「不法」でビールを出している店がほとんどらしい。

 

だから外から見えたら都合が悪いというわけです。

 

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タミール・ナドゥ州からケララ州に来ると、空気がガラリと変わります。

 

全てにおいてあか抜けしており、街の佇まいもどこか落ち着いています。

 

各地にリゾートがあり、このコヴァーラム・ビーチはその代表格です。

 

混沌とした喧騒の世界もあれば、こういう西洋化されたところもあります。

 

それがインドですね~(^-^)

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日本へのフライトは明日の深夜便なので、まだ1日ありますが、今日がインド最後の夜。

 

アラビア海に沈む夕陽を眺め、ウイスキーでもちびちびやろうと思っています。

 

最終日(26日)、旅の疲れを癒やそうと、午前中にアーユルヴェーダの伝統的なオイル・マッサージを受けました。

 

これは全く想定外の行動だったのです。

 

実は、南インドに来てから、Facebookでトリヴァンドラム在住の今長学さんという方と「友達」になりました。

 

彼は、ガイドブック『地球の歩き方』(ダイヤモンド社)のトリヴァンドラム駐在員。

 

32歳の好青年。

 

最終日に一度、会おうということになり、コヴァーラム・ビーチを勧めてくれました。

 

アーユルヴェーダもそうです。

 

「せっかく南インドに来られたのですから、本場のアーユルヴェーダを体験されてはいかがですか」と。

 

ぼくが訪れた施術院のオーナー(Dr.ハリクリシュマン)が今長さんの知り合いだったんです。

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だから、懇切丁寧に応対してくれはりました。

 

ありがたいです!

 

夜は海岸通りから離れ、裏手にあるレストランで、今長さんと一緒にヴェジタリアンの美味な料理を満喫しました。

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「穏やかな南インドをもっと日本の人に知ってもらいたいです」

 

南インドの地で日本の青年が奮闘していると思うと、それだけでうれしくなってきますね。

 

こういう出会いがあるから、旅はやめられない!

 

食後、彼のバイクでトリヴァンドラム国際空港まで送ってくれました。

 

おおきに、ありがとう!!

 

夜道を爆走し、すごく気持ちがよかった。

 

還暦記念の南インドの旅もいよいよ終わりに近づいてきました。

 

3月 09

南インド紀行(17)~危機一髪!!

ティルティラパッリ駅のホームで待てど暮らせど、チェンナイ(マドラス)発の急行列車「MS GURUVAYUR号」がいっこうに来ません。

 

インドでは列車の遅れは当たり前みたい。

 

始発駅は定刻通りに発車するのに、途中から遅れまくる~(*_*)

 

こんなことなら、先ほど焦る必要はなかった……~(((^^;)

 

結局、40分遅れで到着。

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売店の店員が言っていた通り、ぼくの立っているところに「BE1」の車両が停まりました。

 

ドンピシャです~!

 

車内に足を踏み入れてびっくり。

 

何とエアコン付の寝台車だったのです。

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寝台車とは思わなかった。

 

何だか得した気分、ルンルン~♪♪

 

昼間走るのに、なんで寝台車~?

 

目的地のトリヴァンドラムには、定刻なら午後11時15分着になるので、寝台車両があっても不思議ではありません。

 

10時間の長い列車の旅なんです~(^-^)

 

「A/C」とは、エアコン車内のことだったんですね。

 

上下の二段寝台。

 

扉で仕切ったコンパートメントにはなっていません。

 

通路から丸見えです(笑)

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その通路にも縦長に二段ベッドが設えられています。

 

この雰囲気、収容所みたいな感じですが(笑)、存外に快適です。

 

ぼくの「席」は車両のほぼ中央の上段ベッドでした。

 

下のベッドには中年のご夫婦が座っていました。

 

このお2人、チェンナイから郷里のナーガーコイルという街に帰るところ。

 

1人旅をしている異邦人のぼくにあれこれと気を配ってくれはりまして、ほんまにありがたかったです~(*^^*)

 

ベッドで横になって本を読んだり、日記をつけたり、ボケッーっとしたり。

 

時々、下段に降りて、夫婦と語り合ったり。

 

ええ塩梅です~(^-^)

 

夕食は駅弁を買いました。

 

トマトライス。

 

チキンライスからチキンを抜いたようなもの。

 

食べようとしたら、スプーンがない~!

 

当たり前、こちらの人はみな右手を使って食べてはりますから。

 

目の前のトマトライスをそうして食べようとしたら、奥さんが「スプーン、使ってください」。

 

プラスチックの簡易スプーンをバッグから出してくれました。

 

いつもこんなふうに持ち歩いているんや!!

 

ありがたくそのスプーンで頂きました。

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空腹だったので、めちゃ美味かった~(^_-)-☆

 

このあとベッドに転がり、ウイスキーをチビチビやっているうちにウトウトと~。

 

はて、何時間ほど眠っていたのか、人の気配でふと眼が覚めました。

 

列車が停車し、どやどやと乗客が入ってきたのです。

 

時計を見ると、午後11時半。

 

40分遅れで発車していたので、トリヴァンドラムには午前零時ごろに着くと踏んでいました。

 

ここは手前の駅かな??

 

車窓から外を見ても、薄暗くてプラットホームの駅名表示がよく見えない。
親切にしてもらった中年夫婦がおれば、どこの駅か教えてくれたに違いないのですが、2人はすでにぼくが寝ている間に下車していて、下の寝台ではムスリム(イスラム教徒)の女性と太ったおじさんが就寝していました。

 

他の乗客もみな寝てはる。

 

入ってきた乗客は予約した席を見つけるのに必死だったし…。

 

駅を聞こうにも、聞けない。
インドの列車は車内アナウンスがいっさいありません。

 

駅ではアナウンスしていたかもしれないけれど、クーラー車両とあって、ドアが完全に閉ざされており、全く聞こえない。

 

トリヴァンドラムは次くらいかなと思って、ベッドでごろごろしていました。

 

5分ほど経ってから、肩が張っていたので、身体をほぐそうとホームへ降りました。

 

そして何気に駅名を見たら、何と「トリヴァンドラム」と書いてあるではありませんか~!!

 

急行列車は必死のパッチで遅れを取り戻していたんです。

 

え~っ、はよ降りやなあかん~!!

 

あわてて車内に戻ると、乗ってきた人たちで細い通路がふさがっていました。

 

焦る、焦る、めちゃめちゃ焦った。
「Sorry、すんません、Sorry、ごめんなさい!」

 

英語と日本語を混ぜて乗客に避けてもらい、何とか自分の寝台にたどり着きました。

 

そして すばやく階段に足をかけ、上の寝台に置いていたショルダーバッグ(貴重品などを入れてあります)をわしづかみにして、肩にかけました。

 

よっしゃ、次はリュックや~!!

 

でも、このあとが大変でした。

 

太ったおじさんがイビキをかいて寝ている寝台の下にリュックを押し込んでいたのですが、それを引っ張り出す前にだらんと下がったおじさんの左脚をどけねばならなりません。

 

あまりに爆睡してはったので、起こしにくい状況。

 

よし、手で足を持ち上げよう。

 

かかとにそっと手を据え、ゆっくり脚を持ち上げた、まさにその瞬間、列車がゴトンゴトンと動き始めました。

 

あかん、早うせな~!!

 

おじさんの脚をベッドの上に乗せ、リュックを引っ張り出そうとしたら、何かに引っかかっていて動かない~(ToT)

 

どうしよう、どうしよう!?

 

このままリュックを放置すべきか。

 

別にこの駅で降りなくてもよかったんですが、次の駅がどこかわからない。

 

国土の広いインドのこと、次の駅が何百キロ先になっているかもしれません。

 

それにこのリュック、ちょかBandの相方(疋田さん)から借りたMontbellの上等の登山用リュックなんです。

 

ぼくの持ち物の中で、ひょっとしたらリュックが一番高価なのかもしれません~(*_*)

 

ふと彼の顔がよぎり、これは何としても引き出さなアカンと思いました。

 

半泣きになり、しゃがみ込んでリュックを出そう、出そうとしていたら、この駅から乗り込んできたバックパッカーの白人女性から「何してるんですか」と声をかけられました。

 

この人、ぼくのベッドに予約していたみたい。

 

「駅に降りたいんです。ヘルプ・ミー、ヘルプ~!」

 

ぼくの必死の形相に彼女は事態を把握してくれ、一緒になってリュックの「救出」に協力して、何とか出せました。

 

こんな大騒ぎをしているのに、太ったおじさんはますます高イビキ~(((^^;)

 

その白人女性に「おおきに、おおきに~!」と思わず大阪弁でお礼を言って、リュックを引きずり、「どいて、どいて」とまたも日本語を発して通路を開けてもらい、何とか乗降口にたどり着けました。

 

インドの列車は扉が開いたままです。

 

スピードが増してきた~(;o;)

 

反射的にまずリュックをホームに放り投げ、それから、えい~っと飛び降りました。

 

イェーツではないですよ~(笑)

 

ちょっとバランスを崩し、ヨタヨタとしたけれど、ちゃんと着地できました~(*^^*)

 

思わずオリンピックの体操選手のように両手をVの字に挙げてしまった!

 

日ごろのランニング効果やと勝手に解釈しています~(笑)

 

ホームで呆然と立ち尽くし、視線を進行方向に流すと、急行列車は闇の中に消えていきました。

 

ほんま、めちゃめちゃスリリングな体験でした。

 

これまで60年間生きてきて、いろんなところに旅をしましたが、これが一番刺激的でした!!

 

神サンがぼくに味方してくれはったのかもしれませんね。

 

ヒンドゥの寺院をあちこち参拝したから、きっとヒンドゥの神さんに違いない~(*^^*)

 

あとでチケットを見たら、「HAPP JOURNEY」と印字されてありました~。

 

ハハハ~(笑)

 

3月 09

南インド紀行(16)~長距離列車に乗るまでが大変!

帰国のフライトまであと2日。

 

そろそろトリヴァンドラム(ケララ州の州都)に戻ろう。

 

長距離バスは飽きたので、久しぶりに列車を利用することにしました。

 

前日(22日)、ティルティラパッリ駅を午後1時15分に発車する急行列車「MS GURUYAYUR号」の座席を予約したのですが、それが結構、やっかいでした~(((^^;)

 

海外で長距離列車のチケットを買う時、ぼくはいつも列車の名前(あるいは列車番号)、発車時刻、大人〇枚、往復か片道かをきちんとメモに書いて窓口の担当者に渡しています。

 

そうすれば 間違いがなく、一番スムーズにいきます。

 

ヨーロッパの「ケルト」取材旅行ではいつもこうしているので、インドでもこの方法を踏襲しました。

 

駅の構内は雑然としていました。

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混み合う切符売り場で並び、ようやく自分の番が来て、「明日の列車を予約したい」と列車のメモを見せると、無愛想な女性スタッフが「予約は向こうの建物で!」と。

 

えっ、せっかく並んだのに……(>_<)

 

まぁ、しゃあないです。

 

駅の構内から出ると、右手に予約センターがありました。

 

案の定、どの窓口も大勢の人が並んではります。

 

かれこれ20分ほど経ち、窓口に到達。

 

途中、横入りする人もいましたが……(*_*)

 

窓口の女性に列車のメモを見せると、「予約の用紙に記入するように」とピシャリ。

 

そして向こうの台の上で書け~とのこと。

 

この人も不愛想でした。

 

用紙にはタミール語で何やら綴られています。

 

チンプンカンプン~??

 

よくよく見ると、その下にかなり小さい文字で英語も添えられていました。

 

しかし、それがところどころかすんでいて、なかなか判読しにくい~(*_*)

 

わかるところだけ記入し、再び長蛇の列に並び、窓口で先ほどの女性に用紙を渡したら、「記入漏れのところを埋めるように~!」。

 

えっ~!!

 

さすがにもう並ぶ気力がありません。

 

そこでとっさにウソをつきました~(((^^;)

 

「実は眼が悪いんです。文字がほとんど見えないんです」

 

半泣き顔を作って懇願すると、しゃあないわねといった表情を浮かべ、空白箇所を埋めてくれました。

 

やった~!!(笑)

 

「どんな席を?」

 

いろいろクラスがあるみたいなのですが、こちらはさっぱり、アイ・ドント・ノウ~(*_*)

 

頭を掻いていたら、向こうが勝手に「A/Cにしときます」と。

 

A/C~??

 

何のこっちゃ、よぉわかりまへん。

 

料金は、 10時間ほど乗るのに725ルピー(約1450円)。

 

運賃の安さに救われたけれど、ほんま、疲れましたわ~(^^;)

 

まぁ、こんなふうにして列車のチケットをゲットしたわけです。

列車のチケット

当日(24日)、早めに駅に行き、チェンナイ(マドラス)発の急行列車が到着する5番ホームへ。

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そこで、はたと困った。

 

チケットに車両番号が明記されているのですが、それがホームのどの辺りに停まるのかわからない~(*_*)

 

「BE1」という車内です。

 

「A」「B」「C」とか、「1」「2」「3」とかならわかるんですが、「BE1」とはなんぞや??

 

日本なら、ホームに必ず案内表示がありますよね。

 

ヨーロッパでは何も表示していない駅が少なくないのですが、列車はせいぜい10両ほどの編成なので、たとえ乗り口が間違っていても、走れば目的の車両に乗れます。

 

たとえ違う車両に乗っても、車内を歩いていけばいいのですから。

 

しかしインドでは勝手が違う~!!

 

なにせ優に20両以上もつないでおり、車両が孤立していて、車両間の行き来ができないケースが多いんです。

 

だから自分の乗るべき車両が停まる場所をきちんと押さえておかねばなりません。

 

駅員がおれば訊けるんですが、どこにも見当たらない~(>_<)

 

そこでホームで待っている人にチケットを見せて訊いたら、人によって「回答」がまちまち。

 

その都度、リュックを背負って長い、長いホームを行ったり来たり。

 

う~ん、わからへん。

 

1人くらいぼくと同じ車両の人がいてもおかしくないのに、だれもいないとは……、いったいどういうこっちゃ~!?

 

そのうち列車の到着時刻がだんだん迫ってきました。

 

焦る~(((^^;)

 

ふとホームの後方に眼をやると、白人の中年カップルがいました。

 

同じ外国人観光客、おそらく同じ車両だと思い、声をかけました。

 

2人はぼくと異なる車両でしたが、やはり乗り口がわからないとのこと。

 

ドイツ人のご夫婦でした。

 

「私たちは次の駅で降りるので、どの車両でもいいんです」

 

なるほど。

 

さぁ、ぼくはどうすべきか。

 

こんな時は諦めたらあきまへん。

 

気の良さそうな学生っぽい青年にチケットを見せました。

 

気が付けば、 この行為を13回目も繰り返しています~(笑)

 

彼も違う車両でした。

 

でも、 どうして自分の乗り場がわかっているのか?

 

素朴な疑問を伝えると、「何となくこの辺りと思うので」~。

 

えっ、そんなノリなんや~(*_*)

 

その青年がグッドアドバイスを与えてくれました。

 

「あそこの売店の人なら知っていると思いますよ」

 

駅員ではなくて、売店の人~?

 

でも、あながち間違っていないと思う。

 

毎日、到着する列車を見ているから。

 

さっそく売店にいた男性にチケットを見せると、斜め右手を指差しました。

 

「間違いない?」

 

念を押すと、「絶対、間違ってない」と自信満々。

 

よかった、よかった~(*^^*)

 

せめてお礼の印にキャラメルでも買うべきだったのに、安堵感から気が回らなくなり、「サンキュウ」とだけ言って、売店を離れました。

 

あとは列車の到着を待つのみ。

3月 09

南インド紀行(15)~フード&ドリンク

南インドに来て以来、基本的に毎日、三食すべてカレー風味です。

 

朝からそうです。

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日本のカレーのようなとろみのある料理は実は少なくて、スープ状のものがほとんど。

 

めちゃめちゃ辛いのもあれば、酸味を利かせたのもあり、具材もバラエティーに富んでいて、どれもすごく美味しいです~(((^^;)

 

とりわけ、ミールス(Meals)という定食はほぼ毎日、食べています。

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数種類のおかずをライスに混ぜて頂きます。

 

北インドはナンですが、南インドはお米のご飯。

 

それほどパサパサしておらず、日本のご飯とちょっと似ていますよ。

 

ミールスは、たいていバナナの葉っぱの上にのっていますが、最近はステンレス皿が増えてきているようです。

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値段は70~90ルピー(約140~180円)。

 

外国人の場合、スプーンを出してくれます。

 

ぼくは旅の途中から、時々、現地の人たちと同じように右手を使って口に入れています~(^-^)

 

この方が食べやすいから。

 

知らぬ間にインド人化してるぅ~(((^^;)

 

食事の前と後に、「WASH」と書かれたところで手を洗います。

 

それで衛生面もバッチリ!

 

食堂で出される水は、申し訳ないけれど飲みません。

 

お腹をこわしたくないから~!

 

だから、常に携帯しているペットボトルの水を飲んでいます。

 

「インドに行ったら、お腹をこわすよ」と旅立つ前、多くの人に言われました。

 

幸い、体調はすこぶる快調です。

 

やはり、水に留意しているからだと思います。

 

宿屋で歯磨きする時も、必ずペットボトルの水を使っています。

 

ケララ州ではそこまで神経質になる必要はなかったです。

 

間違って水道水を口にしてしまったことがありましたが、ノープロブレムでした。

 

タミール・ナドゥ州ではやはり用心しておくに越したことはありません。

 

ヨーロッパへの「ケルト」の取材旅行でもそうですが、ペットボトルの水はこういう個人旅行では絶対に不可欠ですね。

 

で、カレー風味ですが、日本にいてもぼくは週に3回、カレーを食べている「カレー大好き人間」なので、こちらの料理は全く平気です。

 

飽きてもきません。

 

むしろマサラ風味でないと、物足りなく感じられるようになってきました(笑)

 

それに、お通じがすごくいいんです。

 

まさに薬膳ですね!

 

もちろん、だしと醤油味は恋しいですが……(((^^;)

 

ただ、こちらは宗教的にヴェジタリアン料理が多く、それがちょっと辛い時もあります。

 

先日、泊まったラーメシュワラムは巡礼者が多く、町の食堂はほとんどがヴェジタリアン向けで、「Pure  Vegetarian と明記した店が目につきました。

 

なので、丸2日間、肉けなしでした~(((^^;)

 

これは結構、こたえますね。

 

活力が出ぇ~へん(>_<)

 

せめて魚くらいは欲しい。

 

ビーフ、ポーク、チキン、マトン…、何でもええから、お肉食べたい~(T_T)

 

そんな切望感を抱き、ティルティラパッリの町のバーで、付きだしのピリ辛チキンを冷えていない(笑)ビールで味わいました。

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付きだしなのに量が多く、もう一皿追加したら、それで十分、お腹が満たされました。

 

飛び上がるくらい満足した~(^O^)/

 

食事+お酒は、インドに来て初めてだったかも。

 

やっぱり晩酌がないと物足りないですな~(^-^)

 

普通の食堂はまずアルコール飲料を置いていませんからね~(((^^;)

 

そういえば、カニャークマリ近郊のスチンドラムの町に出向いたとき、スパイシー・ビーフを出してくれたバーがありました。

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インドで牛肉~!!??

 

びっくりしましたが、店員に訊くと、「クリスチャンだから、関係なし」と。

 

なるほど。

 

他の客もビーフをアテにビールを飲んではりました。

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お酒の飲めるところも少ないですね。

 

大都会のシティホテルに行けば、ゴージャスなバーがあると聞いていますが、ぼくが訪れたのはたいてい田舎町、そんなシャレたところはありませんでした。

 

マドゥライやティルティラパッリなどの都市なら、中堅のホテルにバーを併設しているところもありました。

 

「BAR」「BEER&WINE」と書かれた看板が胸を高まらせます。

 

みな、たいていビールを飲んではりました。

 

ウイスキーはワンショットで、100~150ルピー(約200~300円)と割高。

 

田舎の町では、国産ウイスキーばかり。

 

すべてブレンデッドです。

 

スコッチは、シングルモルトはおろか、ブレンデッドですら眼にしたことはなかったです。

 

バックバーのお酒も国産のものばかり。

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たまにウイスキーをオーダーしている人を見かけましたが、香りや風味を満喫するなんてことはさらさらなく、グビリと一気飲みしてはります。

 

琥珀色の液体が酔うための飲料として飲まれているのが、無性に悲しかったです。

 

ウイスキーを飲み干した人に、「口に含んで、ゆっくり味わう。それがウイスキーの楽しみですよ」と言っても、わかってもらえなかったです~(*_*)

 

現在、インドは世界最大のウイスキー生産国であり、消費国です。

 

でも、ホンマもんのウイスキーかどうかわからない代物が結構、あるみたいですねぇ。

 

夜、宿屋でチビチビやりたかったので、酒屋もよく探しましたが、ほんまに少ない。

 

見つけたときは、めちゃうれしかったです。

 

日本のようなこぎれいなリカー・ショップをイメージしてもらったら困ります。

 

薄暗い店舗の前にカウンターがあり、奥と横の棚にお酒が並んでいます。

 

盗難避けなのでしょうか、中には鉄サクがついている店もありました。

 

だから、客は店内に入れません。

 

お酒はラム、ブランデー、ウイスキー、ジン、ウォッカ、そしてビール。

 

みな国産品で、たいていボケットサイズ(180ml)です。

 

ウイスキーは100~200ルピー(約200~400円)で、他のお酒はだいたい100ルピーでした。

 

客は店の前に来て、ほしいお酒を言えば、中にいる店員がそれを取ってくれます。

 

何かに警戒しているようで、どの店員も目つきが悪く、愛想も最低でした。

 

何だかドラッグの密売所のような妖しい雰囲気なので、写真撮影ができなかった~(‘;’)

 

ぼくはラム、ブランデー、ウイスキーを買いました。

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正直、味はいまひとつ。

 

どれも甘味が強いんです。

 

甘味料を添加してるのかも……。

 

日本には絶対に入っていない「COSMOPOLITAN」というインド産ウイスキーが100ルピーで売っていたので、お土産にと6本まとめて買いました。

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しかし日本に持って帰れなかった!!

 

税関で没収~??

 

ちゃいます。

 

インド滞在中、すべてぼくのノドを通っていったから~(・。・;

 

せめて1本くらい日本に持ち帰りたかったなぁ~。

3月 09

南インド紀行(14)~ティルティラパッリの岩山でロマンス話を

ベンガル湾に面した海辺の聖地、ラーメシュワラムから6時間半もバスに揺られ、ようやく内陸地のティルティラパッリに着きました。

 

「ティルチィ」とも呼ばれる南インドの典型的な地方都市です。

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ここに来たのは、街の北方にそびえる岩山の頂きにあるヒンドゥ寺院に行きたいと思ったから。

 

海の次は山。

 

何でもメリハリをつけないと~(^-^)

 

宿屋も何とかゲットできました。

 

さっそく街のシンボルともいえるその岩山、ロック・フォート(高さ83m) に登りました。

 

西から照りつける強烈な太陽光が、花コウ岩の岩肌をオレンジ色に染め、街中から眺めると、えも言われぬ情景をかもし出しています。

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土産物店が並ぶ通りを越えると、寺院の入り口。

 

 

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象がいました。

象(縮小)

 

ヒンドゥ寺院には、象がつきものです。

 

シヴァ神の息子で、象の顔をもつガナパティ(ガネーシャ)と思われているのでしょうか。

 

石段をゆっくり登り、頂上に到達。

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南インドのたおやかな光景が眼下に広がっていました。

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涼風がそよぎ、実に爽やか~!

 

夕陽も素晴らしかった!

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南インドに来て、日本人を見かけたのは2人だけ。

 

欧米・中国人観光客はほとんど出会っていません。

 

インド観光といえば、やはりガンジス川流域の北インドがメーンになるのでしょう。

 

そんな状況で、ここに登ってくる途中に英・ウェールズ人の中年男性と知り合いました。

 

もう少しで頂上というところに売店がありました。

 

そこでジュースでも飲もうかと思っていたら、短パンにTシャツ姿のその白人男性が頂上の寺院から降りてきたんです。

 

眼が合ったので、「ハロー~!」と声をかけると、足を止めてくれました。

 

小柄で、ちょっと小太り気味の、ほんまに人のええお方でした。

 

ひと言でいえば、ファンタジー映画『ホビット』の主人公とどことなく似ている。

 

名前は何とかトーマスさん。

 

ファーストネームはよくわからなかった~(((^^;)

 

ウェールズの「首都」、カーディフで設計技師をしているとか。

 

ぼくがウェールズに4回訪れ、『ウェールズ「ケルト」紀行』という本を上梓したことを言った途端、急に距離感が狭まりました。

 

ベンチに横座りし、一緒にセブンアップを飲みながら、ぽつりぽつりと語り合いました。

 

「なんでインドに来たんですか?」

 

トーマスさんの問いに、60歳の思い出に最南端カニャークマリ(コモリン岬)で叫びたかったから~とぼくが返答。

 

すると、彼はゲラゲラ笑い出しました。

 

「数日前に実現しましたよ」

 

そう付け加えると、ますます顔をしわくちゃに。

 

屈託のない笑顔でした。

 

「何でインドに?」

 

今度はぼくが同じ質問をしました。

 

トーマスさんは急に真顔になり、30年前の恋話を非常にわかりやすい英語で語ってくれました。

 

それがしびれるようなロマンスだったんです。

 

トーマスさんがカーディフ大学の学生時代、インドから留学してきた女性に恋をし、2年間交際していたそうです。

 

留学期間を終えた彼女はインドに帰り、その後、しばらく文通を交わしていたものの、やがて音信が途絶えました。

 

彼女が生まれ育ったところが、ここティルティラパッリの街で、ロック・フォートのことをよく喋っていたというのです。

 

トーマスさんが既婚者か独身者かどうか知りません。

 

その彼女もその後、幸せな家庭を築き、たくましいママさんになっているのかどうかはわかりません。

 

そんなこと関係なく、若かりし時に熱い恋情を抱いたガールフレンドの生地をはるばる訪れた、その気持ちと行動力にぼくは心を打たれました。

 

それもイギリスから遠く離れたインドの地方都市なんです。

 

「彼女に会えたんですか?」

 

「会いに来たわけではありません」

 

なにせ30年前のこと、彼女がこの街で暮らしているかどうかも定かではありません。

 

でも、そんなことはトーマスさんにとってどうでもいいことかもしれませんね。

 

セブンアップを飲み干すと、彼は「See you again in Wales」と言って、ドタドタと石段を降りていきました。

 

ツーショットの記念写真を撮れなかったのが残念でした。

 

素晴らしいエピソードを聞け、心はほんわか、ほんわか~(*^^*)

 

初対面の、しかも外国人のぼくによくぞこんな話を披露してくれはりました。

 

ほんま、最高の出会いだったと思います。

 

ロック・フォートを降り、街中で夕食をとってから宿屋に戻りました。

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テレビをつけると、アカデミー賞のニュースが流れていました。

 

ポーランド映画『イーダ』が外国語映画賞を受賞したことを知り、胸が高まった。

 

この映画、ぼくが推していた作品です。

 

今日も素敵な日になってよかった、よかった~(*^^*)

3月 08

南インド紀行(13)~厚い信仰心

ラーメシュワラムの早朝。

 

どこからともなく、ヒンドゥ教の音楽が聞こえてきます。

 

その発信源は、ヒンドゥのラーマナータスワーミ寺院です。

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そばに近寄れば、スピーカーから大音響が迫ってきます。

 

ここだけでなく、あちこちで音楽の洪水に遭いました。

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インドに来て、まず思ったのが厚い信仰心です。

 

ヒンドゥ寺院の中はその信仰心を凝縮させたところです。

 

いろんな神々が祀られており、参詣者は熱心に拝んではります。

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リンガ(縮小)

正直、信者以外は近寄りがたい雰囲気が漂っています。

 

それほどまでに信仰にエネルギーを注いでいるのです。

 

大きなヒンドゥ寺院だけでなく、街中にある小さな祠にも手を合わせはります。

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沐浴場(ガート)で身を清める人をよく見かけました。

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日の出、日の入りに合掌する人たちも。

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シヴァ、ヴィシュヌ、ガラパティ(ガネーシャ)、サラスバティ(シヴァの奥さん)、クリシュナ(ヴィシュヌの化身)、ハヌマン(お猿さんの神)、ナンディ(シヴァ神の乗り物である牛)……。

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ヒンドゥの神々をあしらった彩色画がそこいらに貼られています。

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強烈な偶像崇拝です!!

 

信仰は完全に日常の一部に取り込まれているようです。

 

インドでは、ヒンドゥ教が圧倒的多数を占めていますが、イスラム教、キリスト教、シク教(信者はターバンを巻いています)、ジナ教といろんな宗教が混在しています。

 

仏教徒も、非常に少ないですが、います。

 

リクシャーに乗れば、フロントガラスに自分の信じる神の絵画が貼られています。

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家々の玄関もそうです。

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それはヒンドゥ教徒だけではありません。

 

ムスリムなら、コーランの一節を綴ったアラビア文字。

 

キリスト教徒なら、マリア像。

 

こんな具合に、だれもが自らの宗教を前面に押し出し、ある意味、自己主張しています。

 

日本では考えられませんね。

 

それでもインドと言えば、やはりヒンドゥ教です。

 

その中でもいろんな宗派に分かれているそうですが、それぞれ尊重し合っており、宗派間の「争い」はないそうです。

 

象を見たのは、寺院の中か門前町に限られていました。

 

聖なる動物です。

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そうそう、ラーメシュワラムのラーマナータスワーミ寺院でこんなことがありました。

 

寺院の中をブラブラ歩いていたら、ドーティ(腰巻き)が落ちていました。

 

ぼくがそれを拾って、受付にいた僧侶に「落し物ですよ」と言うと、意外な答えが返ってきました。

 

「それはあなたのもの。あなたが拾ったのだから」

 

えっ~!

 

そういう考え方なんや!!

 

そのドーティは自分用の土産として日本にもって帰ります~(^^)/

 

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それ以降、何か落ちていないか、常に視線を路上に向けていました~(笑)

 

話を戻します。

 

「宗教は?」とよく聞かれました。

 

それほど信仰心を持ち備えていませんが、「仏教」と答えています。

 

仏陀はヒンドゥの神ヴィシュヌの化身の1人なので、仏教徒とわかると、距離感が狭まりました。

 

他にも、サラスバティは弁財天、ガネーシャは歓喜天、シヴァ神は大黒天、ブラフマーは梵天、ラクシュミーは吉祥天……とインドの神々が仏教に多く採り入れられています。

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日本にいると、普段、あまり宗教について意識したことがありません。

 

でもインドに来てから、人間の信仰心って何なんやろう~と常に頭の中に疑問符が浮かんでいます。

 

それと、ぼくがライフワークにしている「ケルト」の信仰、つまり古代ケルト人のドルイド教もヒンドゥ教と同じように多神教なので、新たな刺激を受けることができました。

 

多神教と一神教。

 

なぜ人は2つの「ベクトル」を持ったのか。

 

これも面白いテーマだと思いました。

3月 07

南インド紀行(12)~ターミルの子供たち

ラーメシュワラムのホテルで昼寝中にノックがしたので開けると、フロントにいたホテルマンでした。

 

「何か困ったことないですか?」

 

「退屈していませんか?」

 

「ガイドをつけましょうか?」

 

いきなり質問攻めだったので、びっくりしました。

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タミール人はすごく人なつっこいです。

 

これまでインド人と言えば、北部のアーリア系の人たちをイメージしていたので、黒っぽいタミール人を眼の前で見た時、「全然、ちゃうわ~」と認識を新たにしました。

 

彼らは先住民のドラヴィダ系です。

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通説によると、ドラヴィダ系の人たちがインド北西部でインダス文明を興したといわれています。

 

それが西方から侵入してきたアーリア系の人たちに支配され、どんどん南に押しやられていったというのです。

 

ケララ州の人たちもそうです。

 

南インドの住人はドラヴィダ系と言っても差し支えないと思います。

 

ドラヴィダ系の土着信仰と新参者アーリア系の宗教が融合して、ヒンドゥ教が生まれたらしいです。

 

言語的にも、アーリア系の主言語ヒンドゥ語とタミール語は全く異なるようで、タミール人のほとんどはヒンドゥ語を解しません。

 

だから北インドの人と話す場合、共通語の英語で喋ってはります。

 

公共の場では、公用語のヒンドゥ語、地元の言葉タミール語、そして英語と3つの言語で表記されています。

 

表記もそうです。

 

マドゥライ・ジャンクション駅の表示は、真ん中に英語、上がタミール語で、下がヒンドゥ語でした。

 

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英語が明記されているケースが多く、日本人にはありがたいです。

 

ただし、バスの行き先表記はみなタミール語でしたが……(+o+)

 

 

タミール人はインド全体からみれば、少数派ですが、それでも7000万人以上います。

 

ヨーロッパなら、イギリス、フランス、ドイツを抜いて大国レベルです。

 

タミール人は、南インドという風土が影響しているのか、概して穏やか。

 

ぼくが日陰で腰をおろしていると、住民がニコニコしながら話しかけてきます。

 

大人は「ガイドするよ」とか言って、商売気丸出しのケースが多いのですが、子供や学生はみな純朴です。

 

日本人だとわかると、日本のことをあれこれと質問してくる。

 

教育レベルは相当高く、日常会話の英語ならべらべら喋ります。

 

結構、日本語を学んでいる学生がいて、「こんにちは」「ありがとう」「あなたの仕事は何ですか」といったふうに知っている日本語をバンバンぶつけてきます。

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街中の人でも、英語の単語を並べれば、大概、通じます。

 

でもインド人特有の発音とイントネーション、さらに大阪人顔負けの早口とあって、半分ほどしか理解できませんが~(((^^;)

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学生は理科系が多いみたい。

 

ぼくが知り合った学生はエンジニア志望が圧倒的に多かった。

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今や世界に冠たるIT大国。

 

自分の力で国をさらに発展させたい、そんな意欲がひしひしと感じられました。

 

算術は、思っていた通り、かなり長けています。

 

小学生に3ケタの掛け算をやらせたら、瞬時に回答を導いたのには吃驚!!!

 

計算の苦手なぼくには、神サンのように映りました。

 

先日、カニャークマリ近郊の集落に出かけたとき、村の子どもたちと知り会いました。

 

みな、好奇心から眼をギラギラさせていました。

 

日本のアニメが大好きみたい。

 

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頻繁に「ノープロブレム」という言葉を発するぼくに、ひとりの男の子がこう言いました。

 

「ノープロブレムは、『問題ない』ではなく、実は大いに『問題あり』なんですよ」と~。

 

わ~っ、インドの子供からこんなことを言われるとは思わなかった(笑)

 

それ以来、「ノープロブレム」の使用を自粛しようと努めています~(#^.^#)

 

3月 07

南インド(11)~スリランカが眼と鼻の先

海辺の聖地ラーメシュワラムに来たからには、眼と鼻の先にあるスリランカを見たい!

 

これまで2度、訪れているスリランカをインドから見ることができたらシメたもの。

 

よし、半島の最先端まで行こう!

 

といっても、どう行けばいいのかわからない??

 

ヨーロッパのように観光案内所があれば、そこで訊けるのですが、ここには観光案内所自体がありません。

 

そこでホテルのスタッフに訊いたら、あれこれと手配をしてくれました。

 

ありがたい。

 

何でもリクシャーでダーナシュコディ村まで行き、そこからジープかワゴンに乗って先端近くまで連れて行ってくれるという。

 

これしかない!!

 

すぐにお願いしました。

 

料金はすべて込みで800ルピー(約1600円)。

 

ちょっと高いけれど、致し方なし。

 

午後3時半にリクシャーがホテルの前に到着。

 

それに乗って、グングン東の方へと向かいました。

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着いたところが漁村でした。

 

小魚を干している匂いが濃厚に漂い、一瞬、ムッとしました。

 

そこがダーナシュコディ村でした。

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ジープとワゴンがいっぱい停まっています。

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リクシャーの運転手がワゴンの運転手と何やら交渉しています。

 

もちろん、2人はタミール語です。

 

「ジャパニ(日本人)」という言葉が聞こえてきたので、ぼくのことをお願いしているのでしょう。

 

ワゴンは満席にならないと出発しません。

 

定員以上に詰め込んだワゴンが次々と発っていきます。

 

気がつけば、ぼくが特等席の助手席に乗せてもらったワゴンも超満席状態になり、いよいよ出発。

 

他の乗客は、みなインド各地から来た観光客(あるいは巡礼者)です。

 

ワゴンはいきなり海の中に突っ込み、それから浜辺へ上がり、また海へ。

 

すごい起伏のあるところを装甲車のごとく突き進んでいきます。

 

4輪駆動車なので、怖いモノなし!!

 

なかなかスリリング!!

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約30分後、小さな集落に着きました。

 

そこが終点です。

 

1時間後に戻るように~と運転手から指示され、乗客たちは三々五々、散っていきました。

 

ここも漁村でしたが、1964年のサイクロンで村は壊滅したそうです。

 

その残滓があちこちにありました。

 

胸が痛む……。

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乗客たちは浜辺の先端を目指して歩いています。

 

スリランカを見ようとしているのでしょう。

 

同胞のタミール人がスリランカの北部と東部に暮らしています。

 

スリランカの住民の7割がシンハラ人で、残りの少数派がタミール人です。

 

イギリス植民統治時代、スリランカの中央高地で始まった紅茶プランテーションの労力確保のため、南インドからタミール人を連れてきましたが、その後、出稼ぎのため、多くのタミール人が北部に移住し、住み着きました。

 

先住のシンハラ人は仏教徒、タミール人はヒンドゥ教徒。

 

マイナーなタミール人は次第に差別され、その不満をスリランカ政府にぶつけ、分離独立を主張するスリランカ内戦(1983~2009年)へと発展しました。

 

タミール・イーラム解放のトラ(LTTE)という組織が当時、ニュースでよく眼にしました。

 

それまで、わずか20キロしか離れていないラーメシュワラムとスリランカの間にフェリーが就航していたのですが、内戦後、航路が閉鎖され、残念ながら今でもまだそのままです。

 

タミール人にとって、スリランカは独特な思いのある島なのです。

 

よほど空気が澄み切っていないと、スリランカが見えないといわれています。

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この日も快晴だったので、ぼくは眼を凝らして見ました!!

 

でも、無理でした。

 

ただし、心眼はちゃんとスリランカを捉えていました~(^_-)-☆

 

翌日、巡礼者でにぎわうラーメシュワラムの沐浴場から海外沿いに歩いて北上しました。

 

徒歩で未知なるところへ行くのが大好きなんです~(^_^.)

 

舗装された道、エメラルドグリーンの海、乾燥している空気……。

 

何だかポルトガルの海辺に来ているような錯覚に陥りました。

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浜辺にはヒンドゥの神々が祀られていました。

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漁船が浮かんでいるだけで、人の気配がありません。

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驚くほど静か。

 

ええ塩梅です。

 

さらに歩きました。

 

オライクダ(Oraikuda)村の表記。

 

貧しい漁村です。

 

昨日、訪れたダーナシュコディ村の方がさらに殺風景でしたが、何となく雰囲気がよく似ています。

 

日曜日だったので、村は静まり返っていました。

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こんな辺鄙な村を外国人が炎天下、歩いているので、行き交う人たちはちょっと怪訝な表情。

 

でも、「ハロー!」と挨拶したら、みな笑顔で「ハロー」と返してくれます。

 

数日前もこういう経験をしました。

 

すれ違った中年の男性からいきなり、「写真を撮ってくれ!」と言われたので、びっくり仰天。

 

ちゃんと撮らせていただきました~(笑)

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よくよく村を見ると、どの家もヒンドゥの神々ならぬ、聖母マリアの肖像が玄関に飾ってありました。

 

村には立派なカトリック教会も建っています。

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昨日の村の住民もキリスト教徒でした。

 

そうなんだ!

 

インドのカースト制は法的には解消されたことになっていますが、現実にはしっかり残っています。

 

カーストにすら入られない被可触餞民の人たちもかなりいます。

 

彼らは「指定カースト」に属し、あのマハトマ・ガンジーが「神の子」(ハリジャン)と呼んだ人たちです。

 

そういう人たちはヒンドゥ教の社会では差別されたままなので、キリスト教やイスラム教、仏教へと改宗しているといわれています。

 

実際、貧しい暮らしをしている地区の住民はほとんどキリスト教でした。

 

この漁村もおそらくそうだと思います。

 

昨日、ワゴンの運転手や乗客たちは決して漁民たちに近づこうとしませんでした。

 

ぼくが漁民に話しかけに行ったら、あえて見ない素振りをしていたのを知っています。

 

こういうところにインドの「負の部分」が感じられました。

 

村から砂の道を伝って、海に出ました。

 

その途端、波浪の音が耳に心地よく聞こえてきました~(^_^)

 

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