Category Archive: エッセー

12月 31

今年も終幕です~(^_-)-☆

2016年がもうすぐ終わります。

 

本当に早かったです。

 

この1年、どうやったんかな??

 

ジャンル分けで--。

 

【本業】

 

10月中旬に上梓した新著『大阪「映画」事始め』(彩流社)の調査・取材・執筆に全エネルギーの90%を注ぎました。

 

ほんま、ヘトヘトになりました。

 

出版化に至るまで、悪戦苦闘でしたが、何とか世に出すことができ、それなりに反響を呼んでいるみたいで、うれしかったです。

 

何はともあれ、荒木和一氏という日本映画史と大阪史に埋もれていた人を発掘できたことが今年最大の喜びでした。

 

映画は、気が付けば、DVDにかなり頼っていました~(*’▽’)

 

来年は劇場+試写室で観るように努めます。

 

【大学】

 

関西大学社会学部のマスコミュニケーション学専攻の最後のJP9期生を送り出せたことがドカーンと胸に残りました。

 

彼らと一緒に四国へ卒業旅行に出かけることできたのもいい思い出になりました。

 

秋から担当したJP12期生の面々、みんなやる気満々ですごくうれしかったです。

 

今日、取材原稿を全てチェックし、これでもって実質的な授業が終了。

 

やれやれ~(^_-)-☆

 

【ケルト】

 

大阪映画史の本があったので、「ケルト」に関してはほとんど進捗なし。

 

その本を出版社に出してから、9月、1人でスペインの古代ケルト遺跡を巡ってこられたのが楽しかったです。

 

本来の目的以外に、バル(飲み屋)での素晴らしい体験!!

 

生きていてよかったと思える旅でした。

 

 

【音楽】

 

ちょかBandは、1月のビッグライブ以外、ライブなかったです……。

 

本に集中していたので、ライブをするゆとりがなかったです。

 

それでも、夏に大阪・北新地のスパニッシュ・バー「キンタ(Quinta)」で、『The Beatles Night』と称してビートルズ・ナンバーを20数曲、1人で弾き語りできたのがうれしかった。

 

暮れにジャズピアニストの吉田美雅さんと共演できたのも、楽しかった!!

 

何はともあれ、1月22日、ちょかBandの第6回ビッグライブを開催します。

 

ぜひぜひ、お越しください!

 

AccessMap

 

【ランニング】

 

6月に左ひざの半月板を傷め、ゆるりゆるりとジョッギングを続けてきました。

 

走ることが大好きなので、この状態でもありがたいと思っていますが、やはりスピードをつけて走ることができればと念じています。

 

来年、少しはマシになっていることを祈っています。

 

【お酒・バー】

 

忙しい中、何とか時間を作り、バーを訪ねました。

 

よぉ飲みました!!

 

ということで、みなさん、よいお年をお迎えください~(^_-)-☆

7月 21

❝恩師❞の墓参で福知山へ

昨日20日)、丹波の福知山(京都府)に行きました。

 

昨年夏、86歳で黄泉の客となられた大阪・広島両大学名誉教授、藤田尚男先生の墓参です。

藤田先生(1)

最晩年は老人養護施設に入っておられ、亡くなられてから半年後に訃報を知りました。

 

告別式に参列できなかったのがずっと気になっていたので、お墓参りにやって来た次第です。

 

奥様から、長文の丁寧なお葉書を頂戴し、埋葬地をお教えいただきました。

 

藤田先生とは、かれこれ30年前、現役の記者時代に取材でご縁ができ、時々、中之島にあった阪大医学部の教授室にお邪魔しては、ご専門の解剖学だけでなく、哲学、美学、文学、美術、歴史、ジャーナリズムなど幅広く知的な会話を楽しませてもらいました。

 

本当に楽しかった~(*^-^*)

 

20年前、ぼくが新聞社を辞めてからは2か月に一度のランチが心待ちに。

 

最初は、先生が阪大を定年退官後に勤められた塩野義研究所(大阪・野田)の食堂で、そこを辞められてからは梅田のレストランで。

 

先生は退官後、とみに知的好奇心を高められ、ぼくがのめり込んでいるケルト文化にもどんどん興味を持たれました。

 

「オモロイですなぁ」

 

目を輝かせ、講師役のぼくの話を真剣に聴き入っておられました。

 

そして、ついには「やっぱり現場に行かなあきまへんな」とスコットランドまで足を伸ばされたのだから、参った~(*_*)

 

直接、専門的な講義を受けたわけではないのですが、心から「恩師」と呼べる人はこの方を置いて他にはいません。
夏の強い陽射しを浴び、お墓に手を合わせていると、目を細めた先生の笑顔が浮かび、温かい声が聞こえてきました。

 

「武部さんは友達やから 」

 

若輩者のぼくをいつもこう呼んでくださっていました。

 

郷里で安らかにお休みください。

 

墓地のある丘から市街地が一望できました。

藤田先生(2)

あっ、そや、福知山に来たのは初めてやった。

 

このあと、明智光秀ゆかりの福知山城の天守閣に登りました。

藤田先生(3)

梅雨が明け、夏本番。

 

澄み切った青空が何とも爽やかでした。

 

7月 04

人間も金属疲労が出てからがホンモノである

「人間も金属疲労が出てからがホンモノである」

 

作家、田辺聖子さんのエッセー集『人生は、だまし  だまし』(角川文庫)

田辺聖子の人生

彼女オリジナルのひと味違ったアフォリズム(箴言、金言、名言、知恵の言葉……)をピックアップした本です。

 

大阪人独特のテイストで綴られた軽妙洒脱な文章に笑いっぱなし~(^^♪

 

疲れた時に読むと、ほんまに癒やされますね。

 

その中でも極めつけが冒頭の言葉です~(^_-)-☆

5月 16

「大阪都構想」の是非を問う住民投票を前に、『郷土、大阪市』についての想い

『郷土、大阪市』

 

ロンドン(約840万人)……8倍

 

ニューヨーク(約820万人)とロサンゼルス(約390万人)……6倍

 

ベルリン(約350万人)……4.5倍

 

マドリッド(約330万人)……3倍

 

アジアに目を向けると~。

 

上海(約1870万人)……26倍

 

バンコク(約830万人)……8倍

 

ソウル(約1000万人)……3倍

 

これ、何の数字かわかりますか?

 

ぼくが生まれ育った大阪市との「面積」の比較です。

 

大阪市は203平方キロメートル。

 

人口は約270万人。

 

世界的に見ても、かなり小さいです。

 

日本国内で見ても~。

 

札幌(約190万人)……5.6倍

 

京都(約147万人)、東京23区(約900万人)……3倍

 

神戸(約154万人)……2.5倍

 

横浜(約370万人)……2.2倍

 

「世界の大阪を!」という割にはそのエリアがあまりにも狭いのです。

 

今日、私たちがロンドンと呼んでいるのは、グレーター(大)ロンドンのことです。

 

面積は約1600平方キロメートルで、大阪府(約1900平方キロメートル)をやや小振りにした感じです。

 

そうそう、先進諸国で唯一、大阪市より狭い有名な都市があります。

 

フランスの首都パリです。

 

面積は105平方キロメートル。

 

大阪市の半分です。

 

JR大阪環状線の内側くらいかもしれません。

 

今やしかし、パリは都市圏(人口約1200万人)で捉えられているので、世界的な都市として認知されています。

 

大阪は、大正後期から昭和初期にかけて市域を拡張し(181平方キロメートル)、人口211万人に達し、東京を抜いて日本一の大都市になりました。

 

いわゆる「大大阪」の時代です。

 

その後、それほど面積が増えていないんですね。

 

こぢんまりしたまま。

 

戦後、長らく関西、いや西日本の中心地として東京に次いで日本第2の都市の地位を維持してきましたが、今や横浜に100万人も差をつけられ、第3位に甘んじています。

 

このままでは名古屋に人口で抜かれる可能性もあります。

 

別に人口だけで大都市のあれこれを言うつもりはありませんが、かつて日本第一の商都だっただけに、やはり寂しく感じられます。

 

とりわけ、大阪万博が開催された1970年以降、東京一極集中が始まり、それが今日なお続いているのです。

 

ほんまに異常な感じ。

 

ぼくは多感な思春期以降、大阪から活力が失われていくのをずっとこの目で見てきました。

 

今や開き直っていますが~(笑)

 

先進諸国の中で、かくも首都に一極集中しているのはフランスくらいでしょうか。

 

そのフランスでも、リヨン、マルセイユなど地方都市への分権が進められています。

 

ドイツは典型的な連邦制なので、首都ベルリンといっても、大企業の本社が集中しているわけではありません。

 

なにせ日本からベルリンへの飛行機の直行便がないのですから!!

 

フランクフルトかミュンヘンで乗り継がねばなりません。

 

世界的に地方分権が叫ばれている昨今、東京一極集中は時代に逆流しています。

 

絶対に良くないと思います。

 

もし巨大地震が東京を襲ったら、日本は間違いなく壊滅してしまいます。

 

その意味でも、かつて日本第2の都会であり、経済的に活力のあった大阪がバックアップ機能を持っておく方がいいと思うのです。

 

お隣の韓国では、第2の都市プサンが朝鮮戦争勃発直前の1949年、プサン府がプサン市となり、大阪市より約4倍も広い都市になりました。

 

プサン広域市です。

 

戦時・休戦化体制にあるので、やや特殊な事情かもしれませんが……。

 

かつては大阪府の中で大阪市が人口と経済的に特出していたので、大阪=大阪市といったイメージが強かったです。

 

大阪府はあくまでも黒子的な存在……。

 

でも時代が変わってきているのです。

 

東京一極集中の影響が大ですが、大阪市の力が相対的にも絶対的にも年々、低下しつつあるのです。

 

それを1969年(昭和44年)の時点で早くも察知していた人がいました。

 

当時の大阪市の中馬馨市長です。

 

大阪市はあまりにも狭い、市街地もどんどん市外に広がりつつある。

 

これでは世界に太刀打ちできない!

 

ならば、大阪市と隣接する10市を取り込んで、市域を拡張すればいいのではないかと。

 

大大阪時代の再現かもしれませんね。

 

面積も、2倍から4倍になります。

 

最大、ベルリンくらいの広さになる予定でした。

 

豊中市や吹田市などは合意していたとも聞いています。

 

当時、このニュースを知って、ぼくは大阪市が広がるんやとびっくりしたのを覚えています。

 

この構想ではしかし、大阪府が大阪市によって南北に分断されることが府側から指摘され、さらに大阪万博の目前とあって、結局、うやむやに……。

 

その後、2000年になって、大阪府の太田房江知事が、府と市を合併する大阪新都構想を打ち出しました。

 

これに対し、大阪市の磯村隆文市長が猛反発し、大阪市を大阪府から独立させ、政令指定都市よりも権限のあるスーパー指定都市(特別市)にする構想を発表しました。

 

完全に大阪市vs大阪府のバトルですね!!

 

こうしたいきさつがあり、今回、大阪市の橋下徹市長が大阪都構想をぶち上げたのです。

 

ぼくは、大阪市を廃止し、特別区を設置するのには反対です。

 

だから、住民投票には反対票を投じます。

 

政令指定都市という大きな権限と財源を投げ出す必要はないと考えるからです。

 

堺市や熊本市、岡山市、静岡市などが政令指定都市にならんがためにいかに苦労してきたか。

 

それほど政令指定都市というのは、大都市にとっては魅力的なものなのでしょう。

 

だから大阪市もその「特権」をしっかり抱えたまま、じり貧状態から脱し、強くなっていけばいいと思うのです。

 

別に強くならなくても、世界と競わなくても、暮らしやすい街になったらええやん~と思っている人もいるでしょうね。

 

しかし、世界に通用する大都市の「土俵」を持たないとこのまま衰退していくし、まずは経済的にきちんと基盤を築かないと、人が集まらないし、文化も育たないと思います。

 

大昔、江戸の元禄期や大大阪の時代、あれほど大阪が文化的にも栄えたのはやはり経済的に潤い、住民に「ゆとり」があったからこそ、多くのお金と人材が集まり、貴重な「文化遺産」を残せたのです。

 

NHKの朝ドラ『マッサン』ではありませんが、本格的なジャパニーズ・ウイスキーが首都の東京ではなく、大阪で生まれたのは、当時の大阪には優れた人材を呼び寄せるパワーがあったことに他なりません。

 

都市格がちゃんと大阪にあったんです!

 

もちろん、21世紀の現在、経済ばかりを見ていてもだめかもしれません。

 

文化をうまく「都市興し」に生かす手もあります。

 

大英帝国の原動力として重工業を偏重し、戦後は見る影もなく衰退していた英国スコットランドのグラスゴーが今、文化をメーンにして再生しています。

 

フランスの港町マルセイユもしかり。

 

ぼくはこの目で元気な街並みをしかと見てきました。

 

でも、最低限、経済的な基盤がないと持ちこたえません。

 

大阪も、単に東京に負けたらあかんという視点ではなく、大阪独自の再生案を早く見出す必要があるでしょうね。

 

そのひとつが今回の大阪都構想でした。

 

本来は大阪市と近隣の市も巻き込み、すべてが特別市になるという、まさに東京都をまねたものでした。

 

特別市にしなければ、ぼくはこの構想を非常に魅力的に思えました。

 

ところが、政令指定都市になった堺市がそっぽを向いたことで(2013年の市長選)で、今や大阪市の解体案になってしまったのが残念です。

 

橋下市長は、本来の構想が挫折し、もう一度見直すべしと思っていたかもしれませんが、もう今さら引き返すことができない~という状態に陥っているのでは??

 

何か意地で突き進んでいるような気がしてなりません。

 

で、ぼくがずっと心の中で思っている大阪再生の理想プランを明かします。

 

大阪市は紛れもなく大阪府の中心です。

 

歴史や過去の実績、そして現状からして、誰も異論はないと思います。

 

だから大阪市が大阪を、さらに関西、西日本を引っぱっていかないと!

 

まずは政令指定都市のまま、市域を拡張すればいいのではないかと思うのです。

 

世界の大都市に引けをとらない「グレーター大阪(広域大阪)」です。

 

「大阪市」の名称を入れると、ややこしくなりそうなので、別に入れなくてもいいかも。

 

守口市なら、グレーター大阪の守口エリア(あるいは守口区)。

 

大阪市西区なら、グレーター大阪西区。

 

この場合の「区」は、従来の「行政区」です。

 

グレーター大阪に入らない、泉南郡なら、これまで通り、大阪府泉南郡です。

 

1969年の中馬市長の案と似ているかもしれませんね。

 

隣接する市の中には政令指定都市に組み入れられることにメリットを感じるところも多いのではないでしょうかね。

 

堺市はちょっと別です。

 

同じ政令指定都市とあって、「グレーター大阪」に入るのは抵抗があるでしょう。

 

でも、この時代、いがみ合っている場合とちゃうと思います。

 

大同団結して、オール大阪で考えるべき時期に来ています。

 

堺市中区なら、グレーター大阪堺中区といった具合かな。

 

行政サービスがどうなるのか、細部のことはわかりません。

 

あくまでも理想像です。

 

今回の住民投票で「賛成」が過半数を占めれば、もう後戻りができないので、ぼくのプランも消えてしまいます(笑)

 

そういうこともあって、「反対」なのです。

 

選択肢がひとつ消えてしまいますからね。

 

それにしても、大阪市民だけの投票というのが解せません。

 

間違いなく大阪府全体に関わる問題なのだから、大阪市民以外の府民にも投票してもらいたかったです。

 

個人攻撃ではありませんが、橋下さんの傲慢さ、独善的(独裁的)、何でも勝ち負けで判断する幼稚さ、上目線、弱者いじめ、パワハラ的資質、そして文化をないがしろにする姿勢などはほんまに、ほんまに大嫌いです。

 

めちゃ怖いです!!!

 

しかし発言力と行動力の凄さには一目置いています。

 

今の時代、パワフルに、かつ迅速に事を動かす人が求められていますから。

 

だから、今回の住民投票では、頭から「橋下嫌い」「反維新」を訴えている人とは、ぼくはちょっと違います。

 

これまでの橋下さんの「実績」を踏まえ、何でもかんでも反対するのはどうかなと思うのです。

 

反対派の人は、全てにおいて反対しているのが、ちょっと不気味です。

 

シロクロはっきりしすぎ!

 

見違えるほどきれいになった地下鉄のトイレなど、ちゃんとやってはるところもあり、それを認めるのが大人です(エラそうなことを言うてしもうた!)

 

特別区設置協定書(説明パンフレット)で書かれている、港湾や大型施設、病院、公園などは大阪府に一括する方が効率的に思えますし。

 

是々非々。

 

これがぼくのスタンスです。

 

以上、世界的な大都市の現状、これまでの大阪再生案などを含め、あれこれと綴ってきました。

 

それもこれも郷土、大阪を愛しているがゆえのことです。

 

ゆめゆめ大阪原理主義者ではありませんので~(笑)

 

ご理解ください。

8月 12

昨日、フランスから帰ってきました~!

「ケルト」を求め、先月27日からフランス南西部を巡ってきて、昨日、無事に帰ってきました。

 

台風11号が過ぎ去ってからの帰国。

 

つくづく運のいい男だと実感しました。

 

マルセイユ→ニーム→カルカッソンヌ→トゥールーズ→バイヨンヌ→ボルドー→アングレーム→ラ・ロシェル→オルレアン→パリ。

 

ざっと1500キロ移動しました。

 

いつもながら鉄道とバスを利用しての旅です。

 

思いのほか収穫がありました。

 

ワインもよぉ飲みました~(^^♪

一昨年訪れたベネルクス3国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)、昨年のポルトガル、そして来年の夏に訪れる予定のドイツ編をまとめて「ケルトの要塞」みたいなタイトルで、何とか1冊の本にするつもりです。

 

旅のつれづれの様子はブログでぼちぼちアップしようと思っています。

 

乞うご期待を~(^_-)-☆

 

 

 

 

 

 

 

1月 08

新著『ウイスキー アンド シネマ』、アマゾンで買えます。書店は11日から~!!

新著『ウイスキー アンド シネマ』(淡交社、定価:本体1500円+税)の見本が届いたことをアップしたら、「いつ買えるんですか」という問い合わせが思いのほか多くありました。

で、もうアマゾンで購入できますよ~\(^o^)/

発送は9日(木)からになるようですが。

書店には11日(土)に並びます~!!

この本、装丁がとてもオシャレで素晴らしいので、きっと書店で映えるでしょうね。

ウイスキーといえば男のイメージが強いけれど、これは女性の方にも気軽に手に取っていただける本やと思うています。

自分で言うのもなんですが、この本が愛しくて、愛しくて~(*^^*)

ウイスキー党はもちろんのこと、お酒をお好きな方、映画をお好きな方には必読の書ですよ(笑)

よろしくお願いしま~す(^o^)v

5月 23

ママチャリ琵琶湖1周ツアー(下)

最終日の3日目(5月20日、月曜日)です。

 

大津・雄琴の温泉宿で目覚め、外を見ると、雨が止んでいました。

 

まだ厚い雲に覆われていますが、うっすらと陽射しが差し込んでいます。

 

ラッキー、きょうはええ天気になるぞ!

 

気分よく朝風呂に入り、朝食をがっつきました。

 

ご飯がほんまに美味い!

 

宿屋の人に「大阪まで気ばってください!」と励まされ、午前7時50分、ママチャリをスタートさせました。

 

これまでかなりの距離を走行しているのに、お尻が痛くならないし、股ズレもしない。

 

それはお尻にスポンジがついているレーサーパンツをはいていたから。

 

これは優れモノです。

 

ママチャリでのサイクリングには欠かせません。

 

昨日は雨のせいで、湖西の情景を満喫することができませんでしたが、今日は阪本の落ち着いた街並みをゆるりゆるりと走り、ご機嫌です。

 そして気がつくと、浜大津の港に着いていました。

 

午前8時50分。

 

これで琵琶湖1周を成し遂げました~!!!

 

総距離193キロ。

 

丸々2日かかったけれど、ママチャリでも十分、できるんや~(^o^)v

 

正直、感激していました。

 

さぁ、これから京都を経て大阪・四ツ橋の自宅にまで帰らねばなりません。

 

ざっと60キロほど。

 

昨日のことを思えば、楽勝~♪

 

と思ったら、そうではなかった。

 

いきなり逢坂の関の上り坂。

 

これが結構、長く続いています。

 

筋肉痛はそれほどないんですが、筋力がかなり消耗しきっているとみえ、上りでは自転車がほとんど動かない。

 

仕方なく、押して上がりました。

 

山科から東山を越えるのも、また上り坂です。

 

そこでも下車して押すのみ。

 

ママチャリに乗っている女子高生に楽々、抜かれてしまったけれど、そんなこと関係なし。

 

山科に旧東海道があり、そこは雰囲気がよかったです。

 

写真を撮るのを忘れましたo(><)o

 

蹴上から一気に下り坂を走行し、11時すぎに岡崎公園に到着。

 空を見上げると、雲ひとつない快晴です。

 

温かい陽光が京の街に降り注いでいます。

 

昨日の雨中走行がウソみたい。

 

岡崎公園で休憩している時、このママチャリに名前をつけました。

 

「レイク」

 

琵琶湖1周を共にしたから。

 

わかりやすい(^o^)v

 

京都市美術館で開催中の『リヒテンシュタイン展』を観るつもりでしたが、あいにく月曜日は閉館。

 

ガックリ、仕方がない。

 

久しぶりの京都だったので、あちこち回ろうかなと思ったのですが、今回は帰宅するのが第一と考え、あきらめました。

 

東寺から、交通量の非常に多い国道1号線を南下。

 

その途中、カレーショップでお腹を満たし、大手筋(伏見区)から斜め右手の旧京阪国道に入り、桂川、淀川(宇治川)、木津川が合流する地点(京都府八幡市)に来ました。

 

車道の横を走るのは大キライ。

 

排気ガスがひどくて、ひどくて。

 

 淀川と木津川に架かる御幸橋を渡り切ったところで、はて淀川のサイクル・ロードの入り口はどこにあるのかと迷いました。

 

このサイクル・ロードは八幡から大阪の毛馬(都島区)にいたる舗装された自転車専用道路です。

 

その時、2人のサイクリストと会いました。

 

なかなかカッコいい!

 

「すみません、大阪へのサイクル・ロードはどういけばええんですか」

 

「あの坂を降りていけばええんです。私らも今から、行きまっさかい」

 

口調が年寄りじみていると思ったら、お2人はかなりのご高齢でした。

 

サングラスを取りはった顔を見て、そのことが判明。

 

70すぎ~?

 

自転車にはまっている年配者がほんまに多いんやと実感した次第です。

 

「私らも以前、琵琶湖を1周しましたわ。でも、ママチャリで行くのは若い証拠や。スピード、出まへんもんなぁ。まぁ、がんばりなはれ。ハハハ」

 

2人組は寝屋川まで走ると言って、軽快に去っていきました。

 

河川敷の道は快適でした。

 

ずっと平たんです。

 

対岸に目をやると、サントリーの山崎蒸留所。

 

無性にハイボールがほしくなった。

 

でも、ガマン、ガマン。

 

街中で買い物をしているようにゆっくり、ゆっくりペダルをこぎました。

 

だからなかなか大阪に近づけない。

 

枚方に入ると、急に睡魔に襲われ、ベンチでゴロリ。

 

気がつくと、40分ほど昼寝してしまった。

 

うたた寝し、起きては、またゆっくり走る。

 

それを繰り返しているうちに、梅田のビル群が遠望できました。

守口辺りか。

 

感動のあまり、ちょっと涙がこぼれ出ました。

 

もうすぐや!

 

そして午後4時40分、毛馬に着きました。

 

夕陽が強烈にまぶしい。

 

そこから、よくランニングしている大川沿いを下っていき、天満橋から本町のビジネス街を経て、ようやく自宅マンションにたどり着きました。

 

午後5時半ジャスト。

 

あ~っ、やっとゴールイン。

 丸々3日かけて、全コース、260キロを走破できた!!

 

やったー(^o^)v

 

どしゃ降りの雨にうたれたけれど、それでもめちゃめちゃ楽しかった。

 

いろんな人との出会いもよかった。

 

やればできる。

 

そのことを強く実感。

 

年齢で自分の世界を制限したらあかんということですね。

 

不思議なことに、脚の筋肉痛がほとんどないんです。

 

これはひとえに日ごろのランニングのおかげだと思っています。

 

やっぱり基本は走ること。

 

真理ですね。

 

正直、フルマラソンの完走の方が比べものにならないほどきつかった。

 

ゴールの後、筋肉がパンパンに張って、歩けなかったから。

 

昨年の大阪マラソンでは、終盤、両脚に痙攣が生じたりしました。

 

自転車はまだ楽チンです。

 

ママチャリ琵琶湖1周は、時間があり、ある程度体力をつければ、そう難しいことではないと思います。

 

だから、すごいこととちゃいますよ。

 

ママチャリのゆったりペースだからこそ、楽しいことがいっぱいありました。

 

みな注目してくれ、あちこちで会話が芽生えたのも事実。

 

ともあれ、夢のような3日間でした。

 

ぼくの人生の中で忘れ得ぬ思い出がまたひとつできました。

 

さぁ、お風呂に入って、ビールとハイボールをぐい飲みしよう。

 

イェーーツ!!

5月 23

ママチャリ琵琶湖1周ツアー(中)

ママチャリ琵琶湖1周ツアーの2日目(5月19日、日曜日)です。

 

長浜駅前のビジネスホテルで午前6時半に起床。

 

カーテンを開けると、うす曇り。

 

天気予報ではきょうは午後から雨になっていました。

 

うーん、ヤバイ。

 

とにかく雨が降る前に、次の目的地、大津の雄琴に近づこう。

 

雄琴まで約103㌔~!!
ちょっと焦りながら、ホテルで軽く朝食をとり、7時20分にスタートしました。

 

本来ならもっと早く出発すべきでしたが……。

 

豊臣秀吉が築いた長浜城を再現したコンクリート製のお城をしかと目に焼きつけ、湖岸を北上しました。

市街地を抜けると、車が少なく、周りはのどかな風景がひろがっています。

 

すべてが素朴です。

癒されますね~。

 

ママチャリでゆっくり、のんびりと~♪

 

前かごに荷物を入れて走行するスタイルがまたよろしいですね。

 れっきとしたママチャリストです。

 

最高の気分ですわ。

 

9時前に木之本に着きました。

 

時間の止まった、静かな集落です。

 

余呉湖を1周したかったのですが、余力を残すべし、時間を節約すべしと泣く泣く断念。

 

しかし賤ヶ岳の古戦場の立て札を目にした時、さすがにときめきましたわ(^-^)

塩津に行くには上り坂があります。

 

このママチャリ、結構、重量があるので、上りはキツイ!

 

途中から押して上り、トンネルをくぐり抜けると、奥琵琶湖の閑静な情景が目に飛び込んできました。

音のしない世界……。

 

独特な景色でした。

 

雨雲が広がってきました。

 

イヤやなぁ。

 

そろそろ雨に打たれるかもしれないと覚悟を決め、力を込めてペダルをこいでいると、永原というところでマラソン大会に巻き込まれてしまいました。

奥びわ湖健康マラソン。

 

地元のちびっこが多かった。

 

ざっと500人が参加しているそうです。

 

自転車を止め、スタートの様子を見ていると、スタッフから声をかけられました。

 

「3キロと5キロのコースがあります。どうですか。参加されませんか」

 

一瞬、心が動いたけれど、空模様が気になり、丁重にお断りしました。

 

「ほんまは自転車よりもランニングの方が好きなんです。去年の大阪マラソンに参加し、完走できました。走りたいんですが、雄琴まで行きますので」

 

「えっ、この自転車で雄琴ですか!? かなり距離がありますよ。雨も降ると思いますよ」

 

スタッフの男性はえらい心配してくれはりました。

 

「覚悟してます」

 

作り笑顔を見せ、マラソンのコースを走らせてもらいました。

 

左手は鏡のような琵琶湖。

 

鈍色の湖面が不気味。

 

午前11時10分、海津大崎に到着しました。

 

そこの食堂で天ぷらうどんの昼食。

 

お客さんはぼく1人だけです。

 

店主のおじさんとのやりとり。

「何でママチャリなんですか?」

 

「理由は3つあります。まず1つ目。元日にママチャリで琵琶湖を走行している自分の姿を夢で見ましてん」

 

「へーっ、??」

 

「2つ目は……。みなさんええ自転車で回ってはりますが、人のやらんことをやりたいと思いまして。元々、天邪鬼なんです」

 

「へーっ、??」

 

「3つ目がほんまの理由です。要はアホなことをしたかったんです。体力と気力がまだある間に。意味がないかもしれませんが、オモロイことをするのはオモロイですからね(何のこっちゃ??)」

 

「なるほど、そうなんですか!」

 

おじさんは納得してくれました。

 

この質問はあちこちで投げかけられました。

 

体力を誇示したいとか、変なチャレンジ精神を発揮させたいとか、そんなことではなく、やりたいと思ったことを行動に移しただけです。

 

もっとも、チャレンジ精神はないことはありませんが……。

 

アホちゃうか~と思うてはる人がきっと多くいるかもしれません。

 

でもどう思われようが、全然、気にしていません。

 

好きでやってんねんから(^o^)v

 

「そろそろ出発される方がええですよ。雨が降りますよ」

 

店主にそう言われ、あわててママチャリにまたがりました。

 

「ごちそうさまでした」

 

「はい、お気をつけて!」

 

ここを出たのは11時40分、ちょうど30分間、話し込んでいました。

 

穏やかな湖を左手に望みながら、軽快に走行していると、次第に湖面が波立ってきました。

 

南風……。

 

空は厚い雲に覆われています。

 

今津には午後零時35分に到着。

 

湖岸の公園で、サンドイッチをぱくついていた青年に1枚、写真を撮ってもらいました。

 

「もうすぐ雨ですよ。どこまで行くんですか?」

 

「雄琴です」

 

「60キロほどあるんちゃいますか」

 

「えぇ、そんなありますか。でも何とかして行きますわ」

 

この直後、今津の町のお寺で靴の紐を結び直していたら、ポツリポツリときました。

 

零時45分です。

 

ついに……。

 

覚悟を決めた!

 

覚悟の安売りや(笑)。

 

リュックから阪神タイガースのレインコートを出して羽織り、前かごは警察からもらった防犯用のカバーで覆いました。

 

このカバーが結構、重宝しました。

 

すぐに大粒の雨が体を叩きつけ、その中を走行。

 

これまでよく出会っていたツーリングのサイクリストの姿がピタリと消え、歩いている人もいない。

 

幸いサイクリング専用道路は車道からはずれ、湖岸沿いの松林をくねくねと貫いており、車と接触するという危険性はありません。

 

でもスリップしやすく、気が抜けません。

 

10分も経たないうちに、全身、ずぶ濡れ状態になりました。

 

レインコートがはだけ、下半身はお風呂に入っているような感じ。

 

上半身もレインコートの隙間から容赦なく雨水が入ってきました。

 

〈オレは一体、何をやってんねん~!?〉

 

〈何でこんな苦行に遭わなあかんねん~!?〉

 

マイナスの思考が頭によぎったけれど、そんなことばかり思っていたらしんどくなるだけ。

 

とにかく楽しいことを考えよう!!

 

今夜、泊まる雄琴温泉の湯気立つ大浴場

 

宿屋の地酒と郷土郷里

 

ちょかBandのライブ

 

夏のヨーロッパ旅行

 

阪神が勝った甲子園

 

教え子たちとの語らい

 

オリジナル曲のギター演奏

 

素敵なバーでのひと時……。

 

そのうち、雨の歌をいろいろ口ずさんでいました。

 

~Sing in the rain、Just Sing in the rain~♪♪(雨に唄えば)

 

~Raindops keep in fallin’ on my head,And just like the guy who’s feet are too big for his head~♪♪(雨にぬれても 映画『明日に向って撃て!』の主題歌)

 

~Listen to the rhythm of the falling rain~♪♪(悲しき雨音)

 

ひと昔前の映画音楽やポップスばかりやありまへん、童謡や歌謡曲も歌いました(笑)。

 

~あめあめふれふれ かあさんが じゃのめでおむかえ うれしいな~♪♪(あめあめふれふれ)

 

~雨にぬれながら たたずむ人がいる 傘の花が咲く 土曜の昼下がり~♪♪(三善英史の『雨』)

 

~雨雨ふれふれもっとふれ 私のいいひと つれて来て~♪♪(八代亜紀の『雨の慕情』)

 

こんな曲も。

 

~雨がしとしと日曜日 ぼくはひとりで 君の帰りを待っていた~♪♪(ザ・タイガースの『モナリザの微笑』)

 

ええ曲ですねぇ。

 

極めつけはこれ。

 

~どしゃぶりの雨の中で わたしは泣いた やさしい人の想い出を つよく抱きしめて~♪♪(和田アキ子の『』どしゃぶりの雨のなかで』)

 

ハハハ、面白い。

 

次から次へと浮かんできます。

 

思いのほか雨の曲が多いことがわかりました。

 

それに昔の歌をよぉ覚えていますわ。

 

気がつくと、高島の白髭神社の近くに差しかかっていました。

 

「コーヒー」の看板が目に入ったので、そこで休憩。

 

やれやれ。

 

「うわぁ、ずぶ濡れですがな」

 

お店に入るや、店主のおじいさんが乾いたタオルを持ってきて、「これで体を拭いて」。

 

ありがたい!

 

体も冷えていたので、とにかくホットコーヒーを飲みたかった。

 

「今から温かいコーヒーを煎れたげまっさかい。てんこ盛りで持っていきますわ」

 

サービス精神が旺盛といおうか、根っから人がいいといおうか、ほんまに歓待されました。

 

客はぼくだけ。

 

「自転車、大丈夫ですか? 高級品やったら、盗まれますよ」

 

「絶対、大丈夫と思います。カギをかけやんでもええかも。あれですから」

 

窓の外に置いたママチャリを指さすと、おじいちゃんが仰天。

 

「ほんまや。ハハハ」

 

このあと、ママチャリ走行している理由をここでもう一度、お話しました。

 

「たまにいてはります、ママチャリで走ってはる人。でもこんな悪天候でママチャリはご主人が初めてですわ」

 

この人、ぼくのことをずっと「ご主人」と呼んではりました。

 

カップに並々と注がれたコーヒーとサービス品のクッキーが2つ。

 

美味かった!!!

 

体が温まった!!

 

「ここから琵琶湖大橋まで25キロ。雄琴やったら、30キロ弱ですかなぁ。雨足が弱まればええんですが」

 

「まぁ、どうにかなるでしょう」

 

ぼくがあまりにあっけらかんとしていたので、おじいちゃん、あ然としてはりました。

 

「明日の雄琴から大阪までが結構、きついんとちゃいますか」

 

「それもどうにかなるでしょう」

 

20分ばかり店で体を休め、再びスタート。

 

店先でおじいちゃんが、「記念撮影撮らなあきまへん」。

 

で、撮ってもらったのがこの写真です。

 「気ぃつけなはれや~!!」

 

おじいちゃんの励ましの言葉を背中で受け、活力が溢れてきました。

 

「おおきに、ありがとうございました!!」

 

近江弁と大阪弁、幾分、違いはあるけれど、関西弁同士、なかなかええもんですねぇ(^o^)v

 

この人とツーショットを撮りたかったなぁ……。

 

このあとさらに雨がきつくなってきました。

 

でも、ここでシリアスになったらあかん。

 

気分が滅入ってくるだけやから。

 

こんなどしゃ降りの中、ママチャリで湖岸を走行するなんてことは、おそらく人生でもこれ1回だけやと思う。

 

そう考えれば、ほんまええ経験をしている、そのように頭を切り替え、マイペースでペダルをこぎ続けました。

 

もちろん雨の歌を大声で熱唱しながら……。

 

絶対に変なおっちゃんですよね。

 

阪神のレインコートを羽織り、必死でママチャリを走らせ、雨の曲を歌っているんですから(笑)。

 

そのうち琵琶湖大橋を越え、午後6時すぎに雄琴の温泉宿にたどり着きました。

 

この宿、山手にあるので、上り坂が正味きつかった!!

 

長浜を出てから11時間半、そのうち雨の中を5時間15分も。

 

びしょびしょになったぼくのみすぼらしい姿を見て、宿屋の従業員は血相を変え、開口一番、「大丈夫ですか!?」。

 

「はい、大丈夫です。早く温泉に浸かりたいです」

 

夜は心の底からくつろげました。

 

これで超刺激的な2日目の終わりです。

 

まだ明日があります!

 

爆睡したのは言うまでもありません。

5月 21

ママチャリ琵琶湖1周ツアー(上)

毎週金曜日は、関西大学社会学部(メディア専攻)で非常勤講師としてジャーナリスト養成プログラム(JP)の文章実習を担当しています。

 

17日もそうでした。

 

2年生14人を前に、相変わらずベラベラ喋りまくっていたのですが、いつもとは様子が異なっていました。

 

内心、ソワソワしていたんです。

 

なぜか!?

 

明日からママチャリで琵琶湖を一周するからです。

 

「ビワイチ」

 

サイクリストやライダーは琵琶湖一周をこう呼んでいます。

 

帰宅するや、リュックとカバンに荷物を詰め込み、少しギターを奏でてから、家を出ました。

 

そして大阪駅からJRの新快速で大津へ。

 

今夜は大津で泊まるんです。

 

お腹が減っていたので、ビジネスホテルにチェックインする前、どこか居酒屋がないかとうろうろしていると、「とらきち」という看板が目に飛び込んできました。

 

磁石に吸い寄せられるがごとくその店に。

 

案の定、阪神ファンの店主がいました。

 

顔が「のたり松五郎」にそっくり!

 

知らない人はわからないでしょうね(^o^)v

 

テレビで阪神VSソフトバンク戦を観ながら、大将と阪神談議。

 

ええですねぇ、大津でトラキチの人と喋れるなんて(^o^)v

 

しかし、カウンター席のぼくの横にいた中年のサラリーマンが連れの女性を口説き始めまして、阪神戦より、そちらの方がはるかに面白くて、ずっと聞き耳を立てていました。

 

ほんま、場所をわきまえたらええのに。

 

よりによって、居酒屋で口説くとは……。

 

まぁ、ぼくの方はおかげさまで杯を重ね、ほろ酔い気分になれましたが(笑)。

 

でも、あきまへんなぁ、こんなことしてるから、阪神、負けてしもうたo(><)o

 

阪神の敗戦を自分のせいにして、チェックイン。

 

明日からのサイクリングのことを考えるとウキウキするのですが、空模様が気になり、、なかなか寝つけません。

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

18日(土)の午前7時に目覚め、早めに朝食を取り、早めにホテルをチェックアウトし、琵琶湖の湖畔にあるホームセンターに足を運びました。

 

穏やかな晴天。

 

最高のサイクリング日和です。

 

 よかった!!

 

釣りをしている人がぎょうさんいてはります。

 

どうしてホームセンター??

 

そこでママチャリを購入するためです。

 

しかし開店時間が午前9時。

 

まだ1時間ほどある。

 

それまで湖畔でボケーッとしていましたが、こういう時間もなかなかええものですね。

 

オープンするや、自転車売り場へ駆けつけ、パンクしにくいママチャリを選びました。

 

「この自転車で琵琶湖を一周し、大阪の自宅に帰るんです」

 

応対に当った女性従業員にそう言うと、目を見開いてはりました。

 

「えっ、このママチャリで!?」

 

「それも大阪まで!?」

 

「軽くてスピードの出るスポーツタイプの自転車の方がいいと思いますよ。何でそんなことしはるんですか?」

 

矢継ぎ早に従業員から質問され、思わず、「ママチャリストなんです」。

 

咄嗟に飛び出た「ママチャリスト」の言葉を自分でも気に入ってしまった(^o^)v

 

女性従業員は何か怪訝な顔つきに……(笑)

 

その自転車を湖岸に移し、散歩しているご夫婦に“勇姿”を撮ってもらいました。

 

「えっ、これで行きはるんですか!?」

 

またまた驚かしてしまった。

 

9時33分(えらい細かい! )にペダルをこぎ始めました。

 

琵琶湖一周+大阪の自宅までの総距離約260㌔の単独ツアーのスタート。

 

ルートは湖東から湖北、そして湖西を巡る、時計とは反対回り。

今日の目的地は約80㌔離れた湖北の長浜です。

 

このママチャリ、結構、重いけれど、走り具合がええです。

 

しかもパンクしにくいタイヤ。

 

うちの近所のホームセンターにはパンクのしないママチャリが売られていたのですが、こちらではそれがなく、パンクのしにくいタイプ。

 

まぁ、何とか持ちこたえてほしいものです。

 

琵琶湖の湖岸はサイクリング専用道路が施設されており、非常に走りよいです(^o^)v

 

ほとんど平坦なのもいい。

 

サイクリストが「ビワイチ」をめざすのがよくわかりました。

 

瀬田の唐橋は大渋滞。

 

土曜日とあって、レジャー客が多そう。

 

左手には比叡山。

 

近江大橋の手前ではボートの大会が行われていました。

 

いかにも琵琶湖らしい光景。

 

草津市に入ると、葦原がひろがっています。

 

これも琵琶湖らしい。

 

おっ、風力発電の風車がゆったり回っています。

 

定置網の一種、えりも見られます。

 

これまた琵琶湖ですねぇ。

 

南湖と北湖を分ける琵琶湖大橋に11時50分に到着。


大橋の付け根(?)で、コンビニで買ったサンドイッチをぱくつき、さらに北をめざしました。

 

必死にペダルをこぐも、ママチャリはスピードが出まへんなぁ~(((^_^;)

 

カッコいい自転車を走らせるサイクリストたちとすれ違う、あるいは追い抜かれる度に、みなぼくを異様な眼差しで見ていきます。

 

ママチャリを止めて、ミネラルウォーターを飲んでいたら、「がんばってください!」と年配のサイクリストから声をかけられました。

 

「ありがとうございます!」

 

何だかすごくうれしかったです。

 

この際、開き直って、ゆっくり、ゆっくり、のんびり、のんびりペースで。

 

なかなかええもんです。

近江八幡の近くに来ると、突然、久しくお目にかかっていない知人の顔が浮かびました。

 

西村明さん。

 

15年ほど前、大阪のバーで知り合い、その後、ぼくがのめり込んでいる音楽、ケルト、お酒が大好きな人であることがわかり、しっかりご縁が芽生えました。

 

そのとき、バンドを組んではりましたなぁ。

 

西勝酒造という日本酒の蔵元さんで、酒游館というライブ・イベントハウスを併設し、文化をめいっぱい発信してはります。

 

2回ほど、酒蔵見学もさせてもらいました。

 

しかしここ数年、年賀状のやり取りだけでしたので、この機会に訪ねようと思った次第です。

 

突然の訪問にえらい驚いてはりましたが、同時にえらい喜んでくれはりました(*^^*)

 

よかった。


そんなこんなで、旧交を温めてから近江八幡を発ち、彦根へと向かいました。

 

能登川の水車を横目で見て、延々とまっすぐ伸びる道をひた走り。

 

「あっ、懐かしい!」

 

関西大学の彦根荘の門に差しかかりました。

 

10数年前、ゼミを担当していた時、3期にわたり、夏の合宿で利用した施設です。

 

夕食に出た近江牛のすき焼き、しゃぶしゃぶは美味かったなぁ~(^o^)v

 

腕時計を見ると、すでに午後4時35分。

 

彦根に住むフェイスブックの「友達」から推薦されていた喫茶店に寄る時間がなくなり、長浜へゴー!

 

気がつくと、湖の上空に雲が張り出してきました。

 

明日は、天気予報通り、雨かもしれないぞ。

 

不吉な予感を抱きつつ、JR長浜駅に到着したのが午後6時5分でした。

寄り道や休憩をしまくり、時間にして8時間半~(((^_^;)

 

普通(?) の自転車なら、まぁ、5時間くらいでしょうかね。

 

駅前のビジネスホテルにチェックインするや、汗を流し、和洋折衷の郷土料理店に入りました。

 

「たけはな」というお店。

 

海の幸のサラダ、若鮎の唐揚げ、和牛のタタキ風、焼きリゾット。

 

すべて美味しかった~\(^o^)/

 

大阪の美章園で生まれたというお店のご主人と話が弾み、明日への活力もゲットし、ホテルに戻ってテレビのニュースを見ると、阪神が連敗を止めたことを知りました。

 

やった~!

 

熟睡できそう。

 

おやすみなさい~(^_-)-☆

11月 01

「大阪のだし」……、ぼくのエッセーが大阪府のメルマガに載りました!

 

 大阪府のメルマガ「大阪ミュージアム」連載コラム『大阪のだし』に今日、ぼくの拙稿が載りました。

 

だしに対する熱い想いを語っています。

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

だしとお酒、飲みダシたらやめられへん!?

 

人生で得したなぁとつくづく思うこと。

 

それはお酒を嗜むことができたこと。

 

ゆめゆめぼくは酒豪ではないけれど、アルコールのプラス面によって会話力・コミュニケーション力が高まり、多くのオモロイ、けったいな人たちと出会えました。

 

それが大きな財産になっています。

 

同時に、食べ物の嗜好が格段に広がったのがうれしくてなりません。

 

要は酒の当て(肴)で、おかずのバリエーションが増えたというわけです。

 

高野豆腐、大根(切り干し大根も!)、お揚げさん(厚揚げ)、かしわ(鶏肉)、おじゃが(ジャガイモ)、ヒジキの炊いたモン……。

 

南京(カボチャ)だけはどうにも苦手だけれど、こうした煮物を口にしたのは、恥ずかしながら、お酒を飲み始めてからでした。

 

なんせ好き嫌いが激しかったもので。

 

そして酒の味がそこそこわかるようになった30代半ばになって、こんな確信を抱いたんです。

 

ひょっとしたら煮物はお酒のために存在する料理ではないかと。

 

ほんまによぉ合いますからね。

 

ここで言う酒とは、ビールや焼酎などなんでも含みますが、やはり日本酒です。

 

和食には日本酒。

 

これ、不変の定理ですね。

 

人肌燗の純米酒と煮物との相性は絶品ですなぁ。

 

夏場でもこの取り合わせは崩しにくい。

 

とりわけ、だしがシュン(浸ん)だかしわとほんのりと温かさをかもし出す酒が口の中で出会ったときの悦びはビヨンド・デスクリプション、形容しがたいです!

 

と言いながら、昨今、煮物にビールもなかなかいけると手ごたえを感じています。

 

麦とだしが見事にコラボするんです。

 

ホップの利いたビールならなおさらです。

 

ウイスキーの水割りもええ塩梅です。

 

それに冬は芋焼酎のお湯割りで煮物をいただくことも多い。

 

なんやかんや言うて、結局は「酒好き」なんや。

 

でも「酒呑み」でないところがニクイ(!?)。

 

この違い、わかりますか。

 

前者はちょっとこだわってお酒を味わう。後者は酔うために飲む。

 

アルコールならなんでもいい、そんな感じです。

 

閑話休題--。

 

そのうち、煮物の決め手となるだしを意識し始めました。

 

東京に出張すると、大阪のだしが恋しくて、恋しくて。

 

ともすれば直線的な向こうの味にくらべ、なんとまぁ、まったりしていることか。

 

換言すれば、奥が深いとでも申しましょうか。

 

いや、心がとろけてしまいそうになるんですよ。

 

ちょっと大げさかな!

 

ぼくは決してグルメではありません。

 

だから舌が肥えているわけではないんですが、それでもだしの味の違いくらいは判別できます。

 

今では東京の煮物、うどんやそばのだしは無条件に、あるいは生理的に拒否反応を示してしまう。

 

第一、底の見えないあの濃い色からして引いてしまいます。

 

不気味です。

 

だしは透き通ってないとあきまへん。

 

で、大阪のだし、昆布が味の要になってことを知り、得心がいきました。

 

鰹節との相乗効果ですね。

 

なんでこんなええうま味が出るのか、だれか賢い人、科学的にわかりやすく説明してください。

 

ともあれ、大阪人に生まれてよかったと心底、思うてます。

 

昆布を使っていないだしなんて、蛸の入っていないたこ焼きと同じ。

 

ここまで言い切るのは極端かな。

 

関東煮(かんとだき)を食べているとき、鍋の底に潜んでいる昆布を目にすると、心がときめきます。

 

これもちょっと大げさかな!?

 

それこそだしがそのまま活かされるだし巻き卵は、ぼくの大好物です。

居酒屋に行けば、必ず注文します。

 

もちろん日本酒がベターですが、ビールの当てにもピッタリ。

 

まず口に入れてじっくり味を堪能する。ほろ甘さが充満してきたとき、無性にビールを飲みたくなるけれど、そこは我慢の子、卵をきちんと食べてから、ビールを口に含む。

 

だしの余韻とビールの炭酸が絶妙に絡み合い、さぁ、つぎのひと切れをいただこうという具合になります。

 

最後にお酒を飲んだあとのうどん。

これがめっぽう美味い。

 

若いときはラーメンで締めていましたが、50歳を超えてからは、うどんが定番になりました。

 

麺のでんぷん質で腹を満たすのが目的とはいえ、ぼくはだしのうま味を体感する方に重きを置いています。

 

ほろ酔い気分でだしをすすったときの安堵感。

 

ほんま、たまりまへん。

 

この気持ち、わかる人が多いと思いますが。

 

最近、うどんのだしの善し悪しがわかるようになってきましてね。

 

だだっ辛いだしなんて論外。

 

それこそダメ出しですわ。

 

昆布と鰹節をマッチングさせた柔らかい風味のだし。

 

そうでないと胃袋に入ったお酒が悲鳴を上げてしまいます。

 

満足できるだしなら、なんぼ腹いっぱいでも、飲み干すことができます。

 

不思議なもんですなぁ。

 

これ、「だし腹」ちゅうんです(ぼくの造語!)。

 

小さいころ、「うどんのだしは全部、飲み干すもんや」と祖母から教え込まれてきたことも多分にあるとは思のですが、美味いからこそ残したくない。

 

正論でしょ?

 

さぁ、今宵もだしとお酒のマリアージュを満喫してこよっと!

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