Category Archive: エッセー

10月 23

映画評論家……についての思い

先日、映画絡みの講演を依頼され、その担当者とのやりとり。

「肩書は映画評論家ですよね」

「ちゃいますよ」

「映画関係の本を何冊も出しておられ、新聞にも映画評を寄稿しておられるでしょ」

「はい、でも映画評論家とちゃいますねん。エッセイストです」

「???」

「評論なんてしてませんから」

「???」

以下、ぼくの持論です。

日本にはやたらと「映画評論家」と称する人が多いです。

「映画ライター」とするよりも箔がつくからでしょうかね。

世間的にもその方が通りがええかもしれませんね。

でも、ガチンコで評論するとなるとほんまに難しい。

ぼくはできませんし、その気もありません。

それよりも自分で「表現」したいです!!

だから、正直、評論家というのが好きではありませんねん(笑)。

他の芸術・芸能・文化の領域を見ると、文芸評論家、美術評論家、音楽評論家……がいかに少ないか。

良く言えば、映画は娯楽性が強く、近しい存在にあるからなのでしょう。

悪く言えば、映画を軽く見すぎている……。

欧米で、映画評論家と名乗っている人はほんまに少ないですよ。

まぁ、社会から「映画評論家」と認められておれば、それは全くノープロブレムですが、あまりにも「自称」の人が多いような気がします。

「ジャーナリスト」の肩書もそうですね(笑)。

その他いろんな分野で、少し専門知識があると、安易に「〇〇評論家」の肩書をつけてしまいます。

日本人は「評論家」がお好きなんですね。

日ごろ思っていることをつらつらと書かせていただきました。

10月 21

Otomo!の「大阪ストーリー」~『川面にそよぐ渡船巡り~飾り気のない大阪に触れる』

Osaka Metro(旧大阪市営地下鉄)のアプリ「Otomo!」で連載中のエッセー第4弾です。

テーマは「渡船」。

まだ暑かった8月末に書きました。

秋が深まりつつある今と季節感が異なりますが、ご了承くださいませ~(笑)

   ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

短パン、Tシャツ、サンダル履き、サングラス。こんなラフな身なりでママチャリに乗り、残暑の厳しい8月下旬、渡船巡りをしてきました。

年に一度、必ず渡船に乗りたくなる「病気」なんです。

時候がよければ、ランニングで行きますが、歩いていくのもなかなかええ塩梅。

今回は趣向を変え、自転車にしました。

どうして渡船なのか? 

それはちょっぴりレトロ感があり、普段着の大阪と触れ合えるからです。

「水の都」の異名を取る大阪には古くから渡し舟が各地にありました。

明治40(1907)年、29カ所の公的な渡船場が設けられ、戦後は昭和23(1948)年、15カ所で再開しました。

現在は8カ所。

いずれも大阪市南西部の港湾エリアにあります。

1カ所だけ民間に業務委託していますが、すべて大阪市が管理。

公道と同じ位置づけなので、乗船料は不要です。

ただし、乗れるのは歩行者と自転車だけ。

自宅(西区新町)からペダルをこいで木津川沿いを南下し、千鳥公園(大正区)の東にある落合上渡船場へ到着しました。

待合所から眺める木津川は意外と川幅が狭い。

東側にある対岸の渡船場(西成区)が目の前に見えます。

乗船はぼくだけかなと思っていたら、運行時間の直前になってぞくぞくと利用者がやって来ました。

みな近所の人たちで、渡船の時間をちゃんと把握してはるんですね。

大半は自転車の人。

落合上渡船場。スロープを上がると、その下に桟橋があります

「こんにちは」

「今日も暑いですね」

船を操舵するおじさんに口々に挨拶し、みなさん船に乗り込みます。

運航時間は2分ほど。

その間、潮の香りをかすかに含んだ川風がそよぎ、得も言われぬ心地よさに酔いしれました。

立ったまま。揺れがあると危険なので、船上での写真は御法度です。

対岸の渡船場に着くと、「ありがとうございます」、「おおきに」と必ずお礼を言い、「お気をつけて」の言葉を背中に受けて下船。

こういう言葉のキャッチボールは理屈抜きに心が和みますね。

渡船は対岸に接岸して利用者を乗せると、すぐにUターンします

500メートルほど下流の落合下渡船場から今度は木津川を西側へ渡り、さらに自転車で南へ。

この辺り、大きな工場が建ち並んでいます。

日曜日なので閑散としていましたが、平日ならトラックが頻繁に行き交っていることでしょう。

モダンな落合下渡船場の待合場

流麗なループ橋の千本松大橋を仰ぎ見る千本松渡船場。

そこでサイクリングの一団と出会いました。

中年男の5人組。

訊くと、豊中から堺の浜寺をめざしているそうで、「渡船を乗るのが楽しみですわ」とリーダー格の男性が日焼け顔で答えてくれました。

所どころ渡船場の案内板が設置されています

千本松大橋の下を航行する渡船

このあとOsaka Metro四つ橋線の北加賀屋駅(住之江区)近くでランチを取り、南港通を西へ進み、木津川渡船場へ。

数えると、木津川に4か所も渡船場があります。

対岸には中山製鋼所。

でっかい! 

阪神工業地帯の一翼を担っているのを肌身で感じられました。

木津川運河の向こうにデンと構える中山製鋼所

渡船で木津川を北へ渡り、工場街の船町(大正区)を縦断して先端にある船町渡船場へ来ると、「早く、早く!」と職員さんの声。

「わっ、すんません!」

あわてて乗船したら、すぐに動き出しました。

間一髪セーフ。

船町渡船場では間一髪、乗船できました

木津川運河を渡ったところが鶴町(大正区)です。

整然と団地が建ち並ぶ中を北上し、アーチが美しい千歳橋の下にある千歳渡船場へ来ました。

ここは大正内港の付け根に当たります。

多くの貨物船が停泊しており、向こうに緑豊かな千鳥公園が望めます。

視線を左へ移すと、弁天町(港区)の高層ビル群。

素晴らしい景観にうっとりさせられました。

穏やかな情景を見せる大正内港

弁天町の高層ビル群を望む

台湾から大阪観光に来た家族連れがいました。

「こんな渡船、国(台湾)にはないです。タダというのが嬉しい」

小柄なご主人が片言の日本語で話してくれました。

今や渡船はちょっとした観光の目玉になっており、外国人だけでなく、国内の観光客も渡船を乗りに来ています。

千歳渡船は一番距離があり、対岸の北恩加島(大正区)まで約4分かかりました。

途中、悠然と航行する貨物船のそばを水上オートバイが水しぶきを上げて突っ走っていきました。

なかなか刺激的な光景でした。

ちょっとした旅情を味わえる千歳渡船

7つ目は尻無川の甚兵衛渡船場です。

大正区泉尾と港区福崎を結んでいます。

この付近、学校が点在しており、平日の朝晩は通学する生徒で混み合い、二隻の渡船がフル稼働します。

船内に電車の車内と同じ吊り革がありました。

利用者が最も多い渡船です。

この日はしかし、夏休みの日曜日、いたってのどかな風情でした。

利用者が一番多い甚平衛渡船場

「毎日、利用してはるんですか」

「ええ、買い物に行くときは便利やしね。生まれたときから渡船に乗ってますよ。ハハハ」

同船した年配の主婦の言葉から、渡船が日常に欠かせない〈市民の足〉になっているのがよくわかりました。

港区側の甚兵衛渡船場から見た尻無川水門

甚兵衛渡船場から北西へ約2.5キロに位置するのが残る1つの天保山渡船場です。

海遊館のある港区築港とUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)のある此花区桜島を結んでいます。

安治川をはさんでの二大観光スポット。

そのため近隣住民に加え、観光客がめっぽう多く、USJのアメリカ人従業員の姿もよく目にします。

暑さでいささかバテ気味となり、今回は天保山渡船をパス。

甚平衛渡船場から自宅へ直帰しました。

飾り気のない庶民的な空気をたっぷり吸え、思いのほか心の洗濯ができました。

8月 07

慢性副鼻腔炎の日帰り手術リポート

昨日の午後零時半、サンダル履きで近くの耳鼻咽喉科医院へ。

手術着に着替え、ベッドに横になるや、顔に覆いをかぶせられました。

てっきり術中の様子をテレビカメラで観られると思っていたので、ガックリ。

ドクターが局所(鼻の奥)麻酔をし、鼻の穴から内視鏡を挿入しはりました。

ドボドボ、ギュンギュン、ガチガチ、ジジジジ、ギーギー……。

ウミとポリープを摘出(吸引)後、「突貫工事」をしているのが耳によく聞こえてきました。

結構、大きな音です。

再発防止のため、鼻腔内にいくつもある「小部屋」を取り除き、1つの「大部屋」にするみたい。

つまり骨を削り取るんです。

右、左と交互に「工事」が進められていきました。

「痛くないですか」⇒「ええ塩梅です」

「ちょっと力を入れますよ」⇒「はい、何ぼでも入れてください」

「この部分、硬いですね」⇒「それ、どの部分ですか」

こんな具合にドクターと掛け合いをしていました。

手術時間は午後1時からかっきり2時間。

全く痛くなかったです。

「お疲れさまでした。いかがですか」(ドクター)

「なかなか刺激的な体験ができ、面白かったですよ」

「えっ! そんなふうに患者さんから言われたのは初めてですわ~(笑)」

横で看護師さんがクスクス笑うてはりました~(^_-)-☆

術後、しばらく院内のリクライン・シートで休憩してから、鎮痛剤を処方してもらい、帰宅しました。

麻酔が覚めてくると、頭がズキンズキンとしましたが、鎮痛剤で抑えました。

さすがグッタリとし、スマホを見る気もせず、終日、ボケーッと。

傷口が治まるまで血のついた鼻水がしゅっちゅう出るのがやっかいですが、今日はだいぶマシになっていました。

明日から普通に日常生活を送れるそうです。

1週間の禁酒も、ノンアルコール・ビールがちゃんとサポートしてくれそう~(笑)

鼻の詰め物(止血剤混入の吸水パッド)が取れ、美声になる(ほんまかいな?)日が待ち遠しいです~(^_-)-☆

ちなみに、手術費は高度療育費が適用され、5万7600円でした。

今日、撮影した写真、鼻が膨らんでいますが、これ詰め物をしているからです(笑)。

7月 25

Osaka Metro アプリ「Otomo!」のエッセイ(大阪ストーリー)~大阪の夏祭り~心弾ける「いくたまさん」

7月は夏祭りのシーズンです。ウキウキします。このエッセイがアップされる25日は日本三大祭のひとつ天神祭本宮の日。大阪天満宮(大阪市北区)のお祭りですね。大川に100隻もの船が行き交う船渡御と夜空を華麗に彩る5000発の奉納花火が祭りのクライマックスを演出します。

「愛染さんに始まって、住吉さんで終わる」

大阪では親しみを込めて、祭りにも「さん」づけをします。昔からこう言われるように、大阪の夏祭りは毎年6月30日~7月2日の四天王別院・愛染堂勝鬘院(天王寺区)の愛染まつりでスタートし、7月30日~8月1日の住吉大社(住吉区)の住吉祭でエンディングを迎えます。「住吉さん」は「おはらい」とも呼ばれていますね。

今年の「愛染さん」は残念ながら、宝(ほ)恵(え)駕籠(かご)のパレード、露店、演芸がなくなりました。それでも境内は華やいだ雰囲気。宝恵駕籠をかつぐお兄さんにカメラを向けると、ポーズを取ってくれはりました。

「愛染さん」には宝恵駕籠がつきもの

愛染堂のご本尊は恋愛・縁結びの愛染明王。それにあやかり、この祭りに来たカップルが雨に打たれると、2人は結ばれると言われています。何せ梅雨時ですから、必ず一度は雨が降ります。高校時代、意中の彼女を誘って来たら、「雨は嫌い」と言われ、それっきりでした……。

 物心ついたころから、まずは「愛染さん」でウォーミングアップしてから大阪各地の夏祭りに出向いていました。市内に限っても20以上あり、そのほとんどを制覇。「ほんまに祭りが好きゃなぁ。おかしいんちゃう」と母親にバカにされてましたが、好きなもんは好きゃねんからしゃあない。

ぼくにとって一番身近な夏祭りが、7月11日、12日の生國魂神社(天王寺区)の「いくたまさん」です。天神祭、住吉祭と並ぶ大阪三大夏祭りのひとつ。なぜかと言うと、氏子だった幼少時代に子供太鼓を打ったことがあり、近年もちょくちょく参加させてもらっているからです。

生國魂神社は神武天皇の東征時に創建されたといわれる大阪最古のお宮さん。かつて上町台地北端に社殿が鎮座されていましたが、1598年、豊臣秀吉の大坂城築城に伴い、現在の地に移転されました。Osaka Metro谷町九丁目駅から南西へすぐのところ。

生國魂神社の参道

大鳥居

この神社の境内で連歌や俳文の数を競う矢数俳諧(やかずはいかい)を一昼夜に4000句もやってのけた江戸元禄期の文人「井原西鶴の像」、上方落語の始祖といわれる江戸中期の「米澤彦八の顕彰碑」、神社近くで生まれ育った大阪の大衆作家「織田作之助の像」があります。女性の守護神としても知られる淀君ゆかりの鴫(しぎ)野(の)神社、芸能上達の浄瑠璃神社など小さなお社もいくつかあり、境内を散策するだけでも楽しいですよ。

井原西鶴像

米澤彦八の碑

織田作之助像

子供太鼓は、病欠した小学校の同級生のピンチヒッターとして出ました。2人が向かい合い、満身の力を込めて連打し続けるのはほんまにしんどかった。たった1回だけのこの濃厚な体験が忘れられず、いつかまた祭りに出たいと思っていたら、4年前、50年ぶりに実現できました。

午前中は70年ぶりに復活した陸(おか)渡御(とぎょ)、つまり渡御(おわ)巡幸(たり)に加わりました。ご神体を乗せた鳳輦(ほうれん)を神社から元宮のあった北約3キロの大阪城まで運ぶ一大行列。鳳輦は重さ500キロの金色の鳳凰を乗せた漆塗りのお神輿です。戦前には2000人の大行列でしたが、今はざっと700人です。

戦前の陸渡御

大鳥居を出て渡御巡幸の始まり

ぼくは神さんへの供物を入れた「神饌(しんせん)唐(から)櫃(ひつ)」という木箱を担ぐ役でした。ピンクがかった狩(かり)衣(ぎぬ)に烏帽子をかぶり、何だか平安朝の貴族になったような気分。鳥居をくぐり、露店が立ち並ぶ参道をゆっくり歩き、谷町筋を一路、北上しました。

渡御巡幸のひとコマ。後方で担いでいるのが筆者

夕方、神社に戻ると、境内と参道は人、人、人……。すごい熱気です!

祭りの賑わいは半端ない!

日が暮れると、法被姿に変身して枕太鼓のお練りに挑みます。枕太鼓は子供太鼓よりもかなり大振りで、3人が向き合います。渡御巡幸のおっとりした空気を一掃させ、躍動感あふれる祭りのハイライトです。

ドン、ドン、ドン。社殿前で、腹にズシリと響く太鼓のリズムに合わせ、枕太鼓を猛スピードで突進させ、急停止させたかと思うと、いきなり横倒しに。さらにシーソーのように前後に揺さぶる。これを繰り返します。打ち手はどんな態勢になっても太鼓を打ち続けなあきません。ほんま、大変ですわ。

勇壮な枕太鼓のお練り

お練りの最中に何度も「いくたま締め(打ち)」。これ、「大阪締め」の元祖なんです。「大阪締め」は「祝うて三度」でおしまいですが、「いくたま締め」はそのあとも続きます。

打~ちましょ(パンパン)、 もひとつせぇ(パンパン)、祝うて三度(パンパンパン)、めでたいな(パンパン)、本決まり(パンパン)

今年は枕太鼓のお練りにだけ参加しましたが、めちゃ燃えた! 大阪で生まれ育ってほんまによかった。そんな郷土愛を強く再認識させられました。心が弾み、まさに「本決まり」、パンパン~。あゝ、大阪の夏祭りはええもんですなぁ。

3月 28

大阪地下鉄アプリ「Otomo!」に1回目のエッセイがアップされました~(^_-)-☆

大阪地下鉄アプリ「Otomo!」に寄稿したぼくのエッセイVol.1が今日、アップされました。

アプリを開き、「ギュッと大阪」のところを押さえると、エッセイが掲載された「大阪ストーリー」が出てきます。

タイトルは『路地は大阪の原風景、ええ塩梅や』。

路地を「ろじ」と言う大阪人はいません。

「ろぉじ」か「ろおじ」です~(笑)

生まれ育った中央区龍造寺町のことをたっぷり書かせてもらいました。

ぼくの原点です!

原則、奇数月の第4水曜日に新しいエッセイが掲載されます。

乞うご期待くださいませ~(^_-)-☆

3月 02

大阪市交通局の公式アプリ「Otomo!」をスマホに取り込んでください~(^_-)-☆

4月から民営化される大阪市交通局の公式アプリ「Otomo!」。

その1つのコンテンツ、「大阪ストーリー」でエッセイを書かせてもらうのですが、ぼくの相方さんが何と芥川賞作家の津村記久子さん~(^_-)-☆

めちゃ光栄です!!

彼女が偶数月、ぼくが奇数月と交互に。

すでに津村さんの素敵なエッセイがアップされています。

ぼくの分は3月後半に載ります。

イラチなので、とっくに原稿を送っています~(^_-)-☆

内容は……、ヒミツ、ヒミツ(笑)

まずはスマホにアプリを取り込んでくださいね。

「ギュッと大阪」の項目をプッシュすると、「大阪ストーリー」が見られます。

よろしゅうお願い申し上げます~!!

12月 31

今年も終幕です~(^_-)-☆

2016年がもうすぐ終わります。

 

本当に早かったです。

 

この1年、どうやったんかな??

 

ジャンル分けで--。

 

【本業】

 

10月中旬に上梓した新著『大阪「映画」事始め』(彩流社)の調査・取材・執筆に全エネルギーの90%を注ぎました。

 

ほんま、ヘトヘトになりました。

 

出版化に至るまで、悪戦苦闘でしたが、何とか世に出すことができ、それなりに反響を呼んでいるみたいで、うれしかったです。

 

何はともあれ、荒木和一氏という日本映画史と大阪史に埋もれていた人を発掘できたことが今年最大の喜びでした。

 

映画は、気が付けば、DVDにかなり頼っていました~(*’▽’)

 

来年は劇場+試写室で観るように努めます。

 

【大学】

 

関西大学社会学部のマスコミュニケーション学専攻の最後のJP9期生を送り出せたことがドカーンと胸に残りました。

 

彼らと一緒に四国へ卒業旅行に出かけることできたのもいい思い出になりました。

 

秋から担当したJP12期生の面々、みんなやる気満々ですごくうれしかったです。

 

今日、取材原稿を全てチェックし、これでもって実質的な授業が終了。

 

やれやれ~(^_-)-☆

 

【ケルト】

 

大阪映画史の本があったので、「ケルト」に関してはほとんど進捗なし。

 

その本を出版社に出してから、9月、1人でスペインの古代ケルト遺跡を巡ってこられたのが楽しかったです。

 

本来の目的以外に、バル(飲み屋)での素晴らしい体験!!

 

生きていてよかったと思える旅でした。

 

 

【音楽】

 

ちょかBandは、1月のビッグライブ以外、ライブなかったです……。

 

本に集中していたので、ライブをするゆとりがなかったです。

 

それでも、夏に大阪・北新地のスパニッシュ・バー「キンタ(Quinta)」で、『The Beatles Night』と称してビートルズ・ナンバーを20数曲、1人で弾き語りできたのがうれしかった。

 

暮れにジャズピアニストの吉田美雅さんと共演できたのも、楽しかった!!

 

何はともあれ、1月22日、ちょかBandの第6回ビッグライブを開催します。

 

ぜひぜひ、お越しください!

 

AccessMap

 

【ランニング】

 

6月に左ひざの半月板を傷め、ゆるりゆるりとジョッギングを続けてきました。

 

走ることが大好きなので、この状態でもありがたいと思っていますが、やはりスピードをつけて走ることができればと念じています。

 

来年、少しはマシになっていることを祈っています。

 

【お酒・バー】

 

忙しい中、何とか時間を作り、バーを訪ねました。

 

よぉ飲みました!!

 

ということで、みなさん、よいお年をお迎えください~(^_-)-☆

7月 21

❝恩師❞の墓参で福知山へ

昨日20日)、丹波の福知山(京都府)に行きました。

 

昨年夏、86歳で黄泉の客となられた大阪・広島両大学名誉教授、藤田尚男先生の墓参です。

藤田先生(1)

最晩年は老人養護施設に入っておられ、亡くなられてから半年後に訃報を知りました。

 

告別式に参列できなかったのがずっと気になっていたので、お墓参りにやって来た次第です。

 

奥様から、長文の丁寧なお葉書を頂戴し、埋葬地をお教えいただきました。

 

藤田先生とは、かれこれ30年前、現役の記者時代に取材でご縁ができ、時々、中之島にあった阪大医学部の教授室にお邪魔しては、ご専門の解剖学だけでなく、哲学、美学、文学、美術、歴史、ジャーナリズムなど幅広く知的な会話を楽しませてもらいました。

 

本当に楽しかった~(*^-^*)

 

20年前、ぼくが新聞社を辞めてからは2か月に一度のランチが心待ちに。

 

最初は、先生が阪大を定年退官後に勤められた塩野義研究所(大阪・野田)の食堂で、そこを辞められてからは梅田のレストランで。

 

先生は退官後、とみに知的好奇心を高められ、ぼくがのめり込んでいるケルト文化にもどんどん興味を持たれました。

 

「オモロイですなぁ」

 

目を輝かせ、講師役のぼくの話を真剣に聴き入っておられました。

 

そして、ついには「やっぱり現場に行かなあきまへんな」とスコットランドまで足を伸ばされたのだから、参った~(*_*)

 

直接、専門的な講義を受けたわけではないのですが、心から「恩師」と呼べる人はこの方を置いて他にはいません。
夏の強い陽射しを浴び、お墓に手を合わせていると、目を細めた先生の笑顔が浮かび、温かい声が聞こえてきました。

 

「武部さんは友達やから 」

 

若輩者のぼくをいつもこう呼んでくださっていました。

 

郷里で安らかにお休みください。

 

墓地のある丘から市街地が一望できました。

藤田先生(2)

あっ、そや、福知山に来たのは初めてやった。

 

このあと、明智光秀ゆかりの福知山城の天守閣に登りました。

藤田先生(3)

梅雨が明け、夏本番。

 

澄み切った青空が何とも爽やかでした。

 

7月 04

人間も金属疲労が出てからがホンモノである

「人間も金属疲労が出てからがホンモノである」

 

作家、田辺聖子さんのエッセー集『人生は、だまし  だまし』(角川文庫)

田辺聖子の人生

彼女オリジナルのひと味違ったアフォリズム(箴言、金言、名言、知恵の言葉……)をピックアップした本です。

 

大阪人独特のテイストで綴られた軽妙洒脱な文章に笑いっぱなし~(^^♪

 

疲れた時に読むと、ほんまに癒やされますね。

 

その中でも極めつけが冒頭の言葉です~(^_-)-☆

5月 16

「大阪都構想」の是非を問う住民投票を前に、『郷土、大阪市』についての想い

『郷土、大阪市』

 

ロンドン(約840万人)……8倍

 

ニューヨーク(約820万人)とロサンゼルス(約390万人)……6倍

 

ベルリン(約350万人)……4.5倍

 

マドリッド(約330万人)……3倍

 

アジアに目を向けると~。

 

上海(約1870万人)……26倍

 

バンコク(約830万人)……8倍

 

ソウル(約1000万人)……3倍

 

これ、何の数字かわかりますか?

 

ぼくが生まれ育った大阪市との「面積」の比較です。

 

大阪市は203平方キロメートル。

 

人口は約270万人。

 

世界的に見ても、かなり小さいです。

 

日本国内で見ても~。

 

札幌(約190万人)……5.6倍

 

京都(約147万人)、東京23区(約900万人)……3倍

 

神戸(約154万人)……2.5倍

 

横浜(約370万人)……2.2倍

 

「世界の大阪を!」という割にはそのエリアがあまりにも狭いのです。

 

今日、私たちがロンドンと呼んでいるのは、グレーター(大)ロンドンのことです。

 

面積は約1600平方キロメートルで、大阪府(約1900平方キロメートル)をやや小振りにした感じです。

 

そうそう、先進諸国で唯一、大阪市より狭い有名な都市があります。

 

フランスの首都パリです。

 

面積は105平方キロメートル。

 

大阪市の半分です。

 

JR大阪環状線の内側くらいかもしれません。

 

今やしかし、パリは都市圏(人口約1200万人)で捉えられているので、世界的な都市として認知されています。

 

大阪は、大正後期から昭和初期にかけて市域を拡張し(181平方キロメートル)、人口211万人に達し、東京を抜いて日本一の大都市になりました。

 

いわゆる「大大阪」の時代です。

 

その後、それほど面積が増えていないんですね。

 

こぢんまりしたまま。

 

戦後、長らく関西、いや西日本の中心地として東京に次いで日本第2の都市の地位を維持してきましたが、今や横浜に100万人も差をつけられ、第3位に甘んじています。

 

このままでは名古屋に人口で抜かれる可能性もあります。

 

別に人口だけで大都市のあれこれを言うつもりはありませんが、かつて日本第一の商都だっただけに、やはり寂しく感じられます。

 

とりわけ、大阪万博が開催された1970年以降、東京一極集中が始まり、それが今日なお続いているのです。

 

ほんまに異常な感じ。

 

ぼくは多感な思春期以降、大阪から活力が失われていくのをずっとこの目で見てきました。

 

今や開き直っていますが~(笑)

 

先進諸国の中で、かくも首都に一極集中しているのはフランスくらいでしょうか。

 

そのフランスでも、リヨン、マルセイユなど地方都市への分権が進められています。

 

ドイツは典型的な連邦制なので、首都ベルリンといっても、大企業の本社が集中しているわけではありません。

 

なにせ日本からベルリンへの飛行機の直行便がないのですから!!

 

フランクフルトかミュンヘンで乗り継がねばなりません。

 

世界的に地方分権が叫ばれている昨今、東京一極集中は時代に逆流しています。

 

絶対に良くないと思います。

 

もし巨大地震が東京を襲ったら、日本は間違いなく壊滅してしまいます。

 

その意味でも、かつて日本第2の都会であり、経済的に活力のあった大阪がバックアップ機能を持っておく方がいいと思うのです。

 

お隣の韓国では、第2の都市プサンが朝鮮戦争勃発直前の1949年、プサン府がプサン市となり、大阪市より約4倍も広い都市になりました。

 

プサン広域市です。

 

戦時・休戦化体制にあるので、やや特殊な事情かもしれませんが……。

 

かつては大阪府の中で大阪市が人口と経済的に特出していたので、大阪=大阪市といったイメージが強かったです。

 

大阪府はあくまでも黒子的な存在……。

 

でも時代が変わってきているのです。

 

東京一極集中の影響が大ですが、大阪市の力が相対的にも絶対的にも年々、低下しつつあるのです。

 

それを1969年(昭和44年)の時点で早くも察知していた人がいました。

 

当時の大阪市の中馬馨市長です。

 

大阪市はあまりにも狭い、市街地もどんどん市外に広がりつつある。

 

これでは世界に太刀打ちできない!

 

ならば、大阪市と隣接する10市を取り込んで、市域を拡張すればいいのではないかと。

 

大大阪時代の再現かもしれませんね。

 

面積も、2倍から4倍になります。

 

最大、ベルリンくらいの広さになる予定でした。

 

豊中市や吹田市などは合意していたとも聞いています。

 

当時、このニュースを知って、ぼくは大阪市が広がるんやとびっくりしたのを覚えています。

 

この構想ではしかし、大阪府が大阪市によって南北に分断されることが府側から指摘され、さらに大阪万博の目前とあって、結局、うやむやに……。

 

その後、2000年になって、大阪府の太田房江知事が、府と市を合併する大阪新都構想を打ち出しました。

 

これに対し、大阪市の磯村隆文市長が猛反発し、大阪市を大阪府から独立させ、政令指定都市よりも権限のあるスーパー指定都市(特別市)にする構想を発表しました。

 

完全に大阪市vs大阪府のバトルですね!!

 

こうしたいきさつがあり、今回、大阪市の橋下徹市長が大阪都構想をぶち上げたのです。

 

ぼくは、大阪市を廃止し、特別区を設置するのには反対です。

 

だから、住民投票には反対票を投じます。

 

政令指定都市という大きな権限と財源を投げ出す必要はないと考えるからです。

 

堺市や熊本市、岡山市、静岡市などが政令指定都市にならんがためにいかに苦労してきたか。

 

それほど政令指定都市というのは、大都市にとっては魅力的なものなのでしょう。

 

だから大阪市もその「特権」をしっかり抱えたまま、じり貧状態から脱し、強くなっていけばいいと思うのです。

 

別に強くならなくても、世界と競わなくても、暮らしやすい街になったらええやん~と思っている人もいるでしょうね。

 

しかし、世界に通用する大都市の「土俵」を持たないとこのまま衰退していくし、まずは経済的にきちんと基盤を築かないと、人が集まらないし、文化も育たないと思います。

 

大昔、江戸の元禄期や大大阪の時代、あれほど大阪が文化的にも栄えたのはやはり経済的に潤い、住民に「ゆとり」があったからこそ、多くのお金と人材が集まり、貴重な「文化遺産」を残せたのです。

 

NHKの朝ドラ『マッサン』ではありませんが、本格的なジャパニーズ・ウイスキーが首都の東京ではなく、大阪で生まれたのは、当時の大阪には優れた人材を呼び寄せるパワーがあったことに他なりません。

 

都市格がちゃんと大阪にあったんです!

 

もちろん、21世紀の現在、経済ばかりを見ていてもだめかもしれません。

 

文化をうまく「都市興し」に生かす手もあります。

 

大英帝国の原動力として重工業を偏重し、戦後は見る影もなく衰退していた英国スコットランドのグラスゴーが今、文化をメーンにして再生しています。

 

フランスの港町マルセイユもしかり。

 

ぼくはこの目で元気な街並みをしかと見てきました。

 

でも、最低限、経済的な基盤がないと持ちこたえません。

 

大阪も、単に東京に負けたらあかんという視点ではなく、大阪独自の再生案を早く見出す必要があるでしょうね。

 

そのひとつが今回の大阪都構想でした。

 

本来は大阪市と近隣の市も巻き込み、すべてが特別市になるという、まさに東京都をまねたものでした。

 

特別市にしなければ、ぼくはこの構想を非常に魅力的に思えました。

 

ところが、政令指定都市になった堺市がそっぽを向いたことで(2013年の市長選)で、今や大阪市の解体案になってしまったのが残念です。

 

橋下市長は、本来の構想が挫折し、もう一度見直すべしと思っていたかもしれませんが、もう今さら引き返すことができない~という状態に陥っているのでは??

 

何か意地で突き進んでいるような気がしてなりません。

 

で、ぼくがずっと心の中で思っている大阪再生の理想プランを明かします。

 

大阪市は紛れもなく大阪府の中心です。

 

歴史や過去の実績、そして現状からして、誰も異論はないと思います。

 

だから大阪市が大阪を、さらに関西、西日本を引っぱっていかないと!

 

まずは政令指定都市のまま、市域を拡張すればいいのではないかと思うのです。

 

世界の大都市に引けをとらない「グレーター大阪(広域大阪)」です。

 

「大阪市」の名称を入れると、ややこしくなりそうなので、別に入れなくてもいいかも。

 

守口市なら、グレーター大阪の守口エリア(あるいは守口区)。

 

大阪市西区なら、グレーター大阪西区。

 

この場合の「区」は、従来の「行政区」です。

 

グレーター大阪に入らない、泉南郡なら、これまで通り、大阪府泉南郡です。

 

1969年の中馬市長の案と似ているかもしれませんね。

 

隣接する市の中には政令指定都市に組み入れられることにメリットを感じるところも多いのではないでしょうかね。

 

堺市はちょっと別です。

 

同じ政令指定都市とあって、「グレーター大阪」に入るのは抵抗があるでしょう。

 

でも、この時代、いがみ合っている場合とちゃうと思います。

 

大同団結して、オール大阪で考えるべき時期に来ています。

 

堺市中区なら、グレーター大阪堺中区といった具合かな。

 

行政サービスがどうなるのか、細部のことはわかりません。

 

あくまでも理想像です。

 

今回の住民投票で「賛成」が過半数を占めれば、もう後戻りができないので、ぼくのプランも消えてしまいます(笑)

 

そういうこともあって、「反対」なのです。

 

選択肢がひとつ消えてしまいますからね。

 

それにしても、大阪市民だけの投票というのが解せません。

 

間違いなく大阪府全体に関わる問題なのだから、大阪市民以外の府民にも投票してもらいたかったです。

 

個人攻撃ではありませんが、橋下さんの傲慢さ、独善的(独裁的)、何でも勝ち負けで判断する幼稚さ、上目線、弱者いじめ、パワハラ的資質、そして文化をないがしろにする姿勢などはほんまに、ほんまに大嫌いです。

 

めちゃ怖いです!!!

 

しかし発言力と行動力の凄さには一目置いています。

 

今の時代、パワフルに、かつ迅速に事を動かす人が求められていますから。

 

だから、今回の住民投票では、頭から「橋下嫌い」「反維新」を訴えている人とは、ぼくはちょっと違います。

 

これまでの橋下さんの「実績」を踏まえ、何でもかんでも反対するのはどうかなと思うのです。

 

反対派の人は、全てにおいて反対しているのが、ちょっと不気味です。

 

シロクロはっきりしすぎ!

 

見違えるほどきれいになった地下鉄のトイレなど、ちゃんとやってはるところもあり、それを認めるのが大人です(エラそうなことを言うてしもうた!)

 

特別区設置協定書(説明パンフレット)で書かれている、港湾や大型施設、病院、公園などは大阪府に一括する方が効率的に思えますし。

 

是々非々。

 

これがぼくのスタンスです。

 

以上、世界的な大都市の現状、これまでの大阪再生案などを含め、あれこれと綴ってきました。

 

それもこれも郷土、大阪を愛しているがゆえのことです。

 

ゆめゆめ大阪原理主義者ではありませんので~(笑)

 

ご理解ください。

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