Category Archive: スコットランド紀行

1月 06

朝日カルチャー川西教室、『スコットランド物語~歴史、風土、文化を知る~』 2月7日(土)

またまた告知です~(^_-)-☆

 

NHK朝ドラ『マッサン』効果なのでしょうか、今度は朝日カルチャーセンター川西教室からお招きがありました。

 

『スコットランド物語~歴史、風土、文化を知る~』

http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=270512&userflg=0

 

これが決定打かもしれません。

 

残席はわずか!!

 

興味のある方、お早目にお申し込みを~(^^♪

 

『』2月7日(土)14:00~16:00

12月 01

スコットランド紀行(6) ;ダンケルド、スクーン、セントアンドリュース

今日から師走。
あと1か月で今年も終わりですね。
さて、久しぶりのスコットランド紀行です。
前回、ご紹介したスターリングから列車に乗り、途中、パースで乗り換えて北方のダンケルドに向かいました。
駅名は「ダンケルド&バーナム」。
テイ川をはさんで2つの町が向き合っています。
雨のなか、ぼくは川の向こうにあるダンケルドへとひた走りました。
川を渡ったところに小さな町があり、そこに大聖堂がそびえていました。
ダンケルド(2)
ここはスコットランド最初の王ケネス・マカルピンが843年に最初に都を置いたところです。
12世紀に建てられた大聖堂のなかに、修道僧の姿を刻んだ石板がありました。
ダンケルド(1)
こういう石の造形物を探っていくのが、今回の旅の目的です。
その背後に「ケルト」の匂いをかぎとっていくのが楽しくて。みで
詳しいことは、本のなかでじっくり書かせてもらいます。
ダンケルドに1時間ばかり滞在し、列車でパースに戻りました。
ただちに駅前からタクシーで東の郊外にあるスクーン宮殿へ。
そのなかにある教会の前に置かれた石を見るためです。
「運命の石」といわれるスクーンの石。
スクーン(1)
スクーン(2)
見た目は椅子のようですね。
この石の上に歴代のスコットランド王が立ち、戴冠したというのです。
まさにスコットランドの歴史を取り込んだ石~!!
でも目の前のものはレプリカで、ホンモノはエディンバラ城の博物館に展示されています。
まぁ、これもそれほど「ケルト」と関係がないので、小1時間、見学してからパースに引き返し、バスでセント・アンドリューズをめざしました。
直通便がなく、ダンディーで乗り換え、到着したのがどしゃ降りの夕方でした。
猛烈に寒い。
気が滅入ってきます。
セント・アンドリューズと言えば、ゴルフの発祥地。
世界最大のゴルフ・トーナメント全英オープンの開催地としても知られています。
ぼくが訪れた7月19日は大会(139回目)閉幕の翌日とあって、まさに祭りの後の静けさが漂っていました。
セントアンドリュース(5)
「ゴルフの聖地」と呼ばれるオールド・コースは、サクが撤去されており、自由に入れました。
買い物帰りの主婦が平然とグリーンを横切っています。
ぼくもそうしようとコースに足を踏み入れたら、「すみません、どいてくれませんか」とどこからともなく日本語が聞こえてきました。
声の主は日本人ゴルファーでした。
セントアンドリュース(2)
あわてて駆け抜け、その日本人に訊くと、2年前から予約していたそうです。
ご苦労なことです。
人口約1万1000人。
15世紀初め、スコットランド初の大学が設立され、発展しましたが、町の名はキリストの使徒、聖アンドリューの遺骸が運ばれてきた伝承に由来します。
12~13世紀に建立された大聖堂は廃墟と化していました。
しかし当時、一大聖地であったことを忍ばせるほど壮大な伽藍です。
ケルト十字架が目に焼きつきました。
セントアンドリュース(3)
大聖堂の塔に上り、眼下を眺めると、いかに小さな町なのかがわかります。
セントアンドリュース(6)
ビーチの北側にゴルフ場が広がっています。
晴れ間がひろがり、太陽光のありがたみを肌身で感じました。

10月 11

スコットランド紀行(5)~スターリング

スコットランド南部ローランドのニュートン・スチュワートからバスを3回乗り継ぎ、スターリングにやって来ました。
具体的に言うと、ニュートン・スチュワート~ダンフリーズ~グラスゴー~スターリングというルートです。
ダンフリーズでは、動き出したグラスゴー行きのバスに飛び乗りました!
行きもそうやった。
ちゃんと連絡しといてよ~、ほんまに3(☆_☆)
午前9時35分に出て、到着が午後3時半でした。
直線距離で約140キロ北上したことになります。
スターリングはスコットランド第1の都会グラスゴーの北東30キロほどのところにあり、グラスゴーに勤務している人が結構、多いみたい。
人口は4万人足らずの典型的な地方都市ですが、スコットランド史に興味のある人にとっては欠かせない場所です。
13世紀末~14世紀初め、イングランドからの完全独立に向けて戦った2人の英雄、ウィリアム・ウォリスとロバート・ブルースゆかりの地だから。
ハリウッドの俳優メル・ギブソンがウォリスに扮し、自らメガホンを取ったスペクタクル大作『ブレイブハート』(1995年)を観れば、その独立戦争のことがよくわかります。
有名な観光地とあって、当然、万人向けのガイドブック『地球の歩き方』に載っています。
ぼくは基本的に『地球の歩き方』に記されていない所をよく訪れていますが、スターリングは次の取材地への中継点ということで、「ケルト」の取材とは関係なく、1泊しました。
町の北東に高さ67メートルの石塔ウォリス・モニュメントがそびえています。
スターリング(1)
狭くて暗い階段を一歩一歩、上り詰めました。
200数段あります。
ヨーロッパには自力で登っていく塔が何と多いこと!!
体力に自信のない人、脚の弱い人、閉所恐怖症の人は絶対に無理です。
それと太っている人も。
上から降りてくる人としょっちゅうすれ違い、その度に身体を壁にくっつけるようにせなあきませんので。
途中の展示室にウォリスの使っていたとされる剣が置いてありました。
見るからに重そうです。
スターリング(2)
塔のてっぺんから撮影した光景は、『地球の歩き方』とまったく同じです。
あえてそう撮りました。
あ~、しんど。
スターリング(3)
町の南方には、ウォリスがロンドンで処刑されたあと、ロバート・ブルースがスコットランド王としてイングランド軍を破った古戦場バノックバーン(1314年)の草原がひろがっています。
そこに馬に乗ったブルースの勇姿の像がドカンと立っています。
スターリング(4)
ガイドブックを押さえていくだけの旅はほんま、しょーもないですね。
あと旧市街の真ん中の丘に建つスターリング城を訪れました。
エディンバラ城とよく似ています。
スターリング(5)
厚い雨雲が広がり、紫外線量がまたしても少ないです。
寒い、寒い。
城のだだっぴろい駐車場から東の方に眼をやると、先ほど登ったウォリス・モニュメントが緑の中に蕭然とたたずんでいました。
スターリング(6)止
何となくホッとしました。
とことん前向きな旅なので、たまにはゆっくりするのもいいか。
そう解釈し、20分ほど塔をぼんやり眺めていました。
案の定、みぞれ混じりの雨が……。
あゝ、真夏というのに。
このフレーズ、旅の中で何回、口から飛び出たことやら~。

9月 21

スコットランド紀行(4)~ニュートン・スチュワートへ

スコットランド最南端、マッカーズ半島にある海辺の集落アイル・オヴ・ウィッソーンから翌朝、内陸部のウィッソーン村にローカルバスで向かいました。
ウィッソーンは、聖ニニアンが5世紀にキリスト教(ケルト教会)を布教したときの拠点です。
村には修道院跡やこの聖人について展示・解説したビジターセンターがあり、そこのスタッフに教えてもらったのが聖ニニアンの洞窟です。
そこで聖人が修行していたというのです。
南へ約5キロの海辺にあります。
バスの便がないとのことで、タクシーを呼んでもらいました。
ニニアンの洞窟
どうってことのない洞窟でしたが、中に入ると冷気が漂い、ただならぬ雰囲気……。
早々に立ち去り、ウィッソーンへ戻り、ローカルバスでマッカーズ半島の中心地ニュートン・スチュワートへ。
ブラッドノック
途中、ウイスキー蒸留所が見えました。
スコットランドで一番南に位置するブラッドノック蒸留所です。
ローランド産のシングルモルトを生産しています。
緑あふれる緩やかな渓谷。
素敵なロケーションです。
〈こんな所にあるのか……〉
思わぬ“発見”に何だか得した気分になりました。
バスから下車し、蒸留所を見学しようかなと思いましたが、気がつけばバスは蒸留所を通過していました!
ニュートン・スチュワートは典型的な田舎の町です。
でもスコットランドらしくありません。
北イングランドの風情です。
ニュータウンスチュワート
日本人が珍しいのか、町中を歩いていると、行き交う人たちの視線がとても気になりました。
町の北方に森林公園が広がっており、トレッキングの基点になっています。
ゴルフ場も点在しています。
日本ではどのガイドブックにも、ニュートン・スチュワートは載っていませんね。
町中を流れるクリー川でフライフィッシングをしている人を見かけました。
マス釣り
マスを釣っているんです。
川の中の釣り人は、スコットランドの原風景のひとつ。
自然の中に溶け込んでいるといった感じです。
その情景を眺めているだけで、心が和んできました。

9月 05

スコットランド紀行(3)~アイル・オヴ・ウィッソーン

スコットランド西部の港町オーバンから一気に南下して、ギャロウェイ地方のアイル・オヴ・ウィッソーン(Isle of Whithorn)という海辺の村に来ました。
ローランドの一番南、緯度的にはイングランド北部よりも南に位置しています。
ルートは以下のとおり。
オーバンから列車でグラスゴー(クイーンズ駅)へ、中央バスステーションからバスで南部の中心都市ダムフリーズへ向かいました。
ダムフリーズでバスを乗り換え、ニュートン・スチュワートで下車し、こんどは小型のローカルバスでアイル・オヴ・ウィッソーンにたどり着きました。
午前8時11分に出て、午後5時すぎに到着。
約200キロの移動です。
この日は完全に移動日になってしまいました。
アイル・オヴ・ウィッソーンは人口400人ほどで、現地の説明板には、コミューン(共同体)となっていました。
港に面したところにはカラフルな石づくりの家屋が立ち並んでいますが、宿屋が2軒、パブも2軒(1軒は閉まっていました)しかありません。
スコットランド(3)
どうしてこんな片田舎に来たのかというと、5世紀のはじめスコットランドで最初にキリスト教(ケルト教会)をひろめたという聖ニニアンの足跡を訪ねるためでした。
観光地でないごく普通の町や村に来ると、ぼくはたまらなく心が和みます。
ワンちゃんも気持ち良さそうに窓際でうたた寝しています。
スコットランド(1)
廃屋となった聖ニニアンのチャペルが岬に悄然と建っていました。
スコットランド(5)
大きな牛たちが草を食んでいる牧場のなかにあり、勝手にサクを開け、糞を避けながら、チャペルに入りました。
スコットランド(4)
なかに中年の男性がいてびっくり。
相手も驚いていました。
散歩に来ていた住人です。
「ここに来た日本人は初めて」と言っていました。
これまでの「ケルト」紀行でも、よく耳にしたフレーズです。
来た理由を問われ、「ケルト」に興味があるからと返答したら、その男性は何とも柔和な笑みを浮かべました。
岬の先端に近づくにつれ、海風がしだいに強くなってきました。
立ってられないほど。
スコットランド(6)
「あそこに浮かんでいるのがマン島ですよ」
風を避けようと、小さな灯台の陰に入ったら、こんどは40前後の男性がちょこんと壁際に座っており、気さくに話しかけてきました。
南方の海上に望める黒っぽい島影がマン島なのか……。
スコットランド(2)
「ケルト」の取材で2度行ったことがあり、急に懐かしさがこみ上げてきて。
この人、アイル・オヴ・ウィッソーンのことをわかりやすい英語でいろいろ教えてくれました。
地名でわかるように、もとは島でしたが、砂州がつながり陸続きになったとか。
先ほどの住人とイントネーションが異なっていたので、どこから来たのかと訊くとリヴァプールの人でした。
お母さんの実家に久しぶりに来たと言っていました。
スコットランド人の血を引き継いでいるはずなのに、本人はイングランド人だと自覚しているみたい。
「ここはあまりスコットランドらしくないですね」
この男性の言うとおり、たしかに穏やかな風情はイングランドにそっくり。
でもスコットランドがいっぱい目につきました!
紫色のアザミの花が岬に咲き誇っていたから。
スコットランド(7)
スコットランドの国花ですよね~♪

8月 26

スコットランド紀行(2)~オーバン

大阪タイガース、めちゃ強かったですね!
アニキの逆転満塁ホームランから、あんな展開になろうとは……。
人生、いや野球はどうなるかわかりまへん。
それにしても22点は入れすぎ~~かな。
気分よく、スコットランド紀行の第2回目を書きます。
と思ったら、今日は昨日の反動で負け試合……、トホホ。
   ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
 
首都エディンバラからバスでグラスゴーへ向かい、別のバスに乗り換えてさらに西方へ。
クライド湾の北岸にあるダンバートンで下車し、「ケルト」の遺跡を遠望してから、こんどは列車でオーバンをめざしました。
「ケルト」の遺跡というのは、古代のブリトン人(ケルト人の一派)が建てたストラスクライド王国の都といわれているところです。
そのことは本でたっぷり記述します。
午後3時半ごろに終点のオーバンに着いたとき、黒い雨雲が全天を覆っており、今にもポツリポツリときそうでした。
気温は10度前後です。
肌寒くて陰鬱……、とても真夏とは思えません。
オーバン(5)
厚い雨雲のせいで紫外線量が極端に少なく、カメラで撮影すると、こんなに暗いんですよ(ISO 200で撮ったのですが)。
実際、日没寸前といった感じです。
天気が良ければ、ほんとうに見栄えのする光景なんですが……。
残念です。
まぁ、天候のことはさておき、西ハイランドの中心地オーバンは素敵な港町です。
たしか3回目になりますが、いつ来てもロケーションの素晴らしさに胸を打たれます。
オーバン(1)
眼の前にケルラー島という細長い島が浮かんでおり、その向こうにマル島が居坐っています。
カレドニアン・マックブレイン社の白と黒のツートンカラーのフェリーが頻繁に発着しています。
マル島や外ヘブリディーズ諸島のバラ島、そして近くの島々とを結んでいます。
オーバンの港は存外に華やいでいます。
オーバン4
海岸通りのすぐ裏側にまで丘が迫っており、その頂上にコロッセウムのような古代ギリシア・ローマ風の石の建造物が建っています。
マッケイズ・タワーというオーバンのシンボルです。
100年ほど前の建物ですが、未完成とか。
瀟洒な住宅街が立ち並ぶ丘を散歩がてらに登り、タワーの展望スポットに立ちました。
結構、観光客がいます。
ちょうど真下にウイスキーのオーバン蒸留所があり、何やら白い煙を出していました。
オーバン(2)
稼動しているんですね。
町のど真ん中に蒸留所がデンと構えているのが面白い。
少し視線を上げ、海と島々を眺めました。
オーバン(3)
幻想的と言おうか、独特な風情ですね。
天気の悪さが微妙な味わいをかもし出しています。
この辺り、アーガイル(Argyll)地方と言います。
ケルト語の一種ゲール語で、「ゲール人の上陸地」という意味です。
ゲール人とは、ゲール語を操るケルト系の人たちのこと。
そのゲール人が500年ごろ、南西方向のアイルランド北部にあったダルリアダ王国から渡ってきたといわれています。
彼らがスコットランド西部に同じ名前のダルリアダ王国という国をつくり、次第にスコットランド全域に勢力を広げてきます。
ローマ人がスコット人と呼んでいたことから、それがスコットランドの名前につながったのです。
ダルリアダ王国の中心はオーバンではありません。
南へ約30キロ離れたダナッドというところに都が築かれました。
そこを取材するために、ぼくはオーバンへやって来たのです。
翌朝、1時間ほどローカルバスに揺られて、キルマートンという村に向かいました。
そこにダルリアダ王国やダナッド、ゲール人について解説した博物館があり、見学後、グラスゴーから来たという親切な2人連れのおばさんにダナッドまで車で送ってもらいました。
ラッキー!!
ダナッド11
ダナッドはどうってことのない小高い丘でした。
しかしその頂に登ると、何だか奈良の飛鳥と地形や雰囲気がどことなく似ており、「ここは何か特別な場所なのだ」と実感した次第です。
スコットランドの歴史にとって最重要スポット。
しばし頂上でたたずんでいると、知らぬ間に『六甲おろし』を口ずさんでいる自分がいました。

8月 20

スコットランド紀行(1)~エディンバラ

阪神、めちゃめちゃ調子がいいですね~。
ずっとルンルン気分です~♪♪
大阪タイガース時代の黒のユニホームが合っているのかも。
いっそのこと、「阪神タイガース」から「大阪タイガース」にチーム名を戻してもいいのでは。
本気でそう思っています。
朝からちと浮かれていますが、そろそろスコットランド紀行のレポートを始めたいと思っています。
旅の詳細は、『スコットランド「ケルト」紀行(2)~カレドニアを歩く』(仮題)という本として上梓する予定です。
どうしてスコットランドの(2)なのかというと、11年前の1999年に、『スコットランド「ケルト」紀行~ヘブリディーズ諸島を歩く』(彩流社)を出版しているからです。
それはスコットランド西部の島々に限定したもので、ぼくの「ケルト」紀行シリーズ全10巻の第1弾となった非常に思い出深い本です。
ありがたいことに近々、3回目の増刷が予定されておりまして、目下、改訂版の原稿作成に没頭しています。
シリーズ第4弾の『北アイルランド「ケルト」紀行~アルスターを歩く』(2001年)も増刷が決まっており、それも改訂版の原稿を書かねばなりません。
マイナーなケルト文化の本ですが、意外と売れているようです(笑)
スコットランド地図
さて、今回のスコットランドの旅は本土にターゲットを絞りました。
スコットランドはイギリス(連合王国=UK)の北部に位置しています。
緯度は、北海道よりもはるかに上で、カムチャッカ半島の付け根辺りに相当します。
はっきり言って、北国です。だから涼しかったです。いや、寒いときが多かった!
10年ぶり5度目のスコットランド訪問……。
何が変わったかというと、スコットランドがひとつの国にまとまっていたように思えたことです。
1999年にスコットランド議会が設立され、外交と軍事以外は、すべて自前で運営していくことになったのです。
つまりスコットランド政府が生まれたことになります。
イングランドと統合した1707年以降、292年ぶりの復活。
それまではロンドンの中央政府に頼っていました。
もともとイングランドとスコットランド(ウェールズもそうですが)は文化、歴史、民族、風土が異なっていますから、当然の成り行きです。
それがイギリス(連合王国)の本質でもあります。
イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド。これら“4国”
の連合体がイギリスという国家ですからね。
エジンバラ(2)
首都のエディンバラに着いたとき、どこか活力が感じられ、「スコットランド国」になったという印象を強く抱きました。
世界遺産に登録されているエディンバラの市街地はいつ見ても、圧倒され、心が打たれます。
威風堂々という表現がぴったしのエディンバラ城。
エジンバラ(1)
大昔、ケルト系の人たちの砦からこんな立派な城に発展していきました。
街の真ん中に横たわる丘の上に城がドカッと居坐っています。
ため息が漏れます。
大阪城も敵いませんわ。
エジンバラ(3)
エディンバラは落ち着いた佇まいなのですが、観光客がめっぽう多く、場所によっては雑然としているところがあったのが残念でした。
ぼくはスコットランド国立博物館にまず足を向けました。
そこでピクト人が残した造形品の数々と対面することができました。
今回の旅は、スコットランド人のルーツともいえるピクト人の足跡をたどるのが目的でした。
彼らはケルト系の部族です。
だからぼくの心を捉えるんですよ!!
エジンバラ(4)
彼らはこんなユニークな石の芸術品をいっぱい残しているんですよ。
ピクト人のことについては本でめいっぱい書きます。
ブログでは旅の雑感、スナップ風のエピソードを軽いノリで綴っていくつもりです。
普通ではなかなか行けないルートを旅してきました。
辺鄙な田舎ばかりです(笑)。
旅行会社に頼らず、すべて自分で計画を立てました。
受け身ではなく、前向きな旅!!
自分の人生観をそのまま投影させたような紀行でした(いつもそうですが)。
随時、レポートをアップしていきますので、お楽しみに~♪♪