Category Archive: 日記

8月 15

72回目の敗戦の日……。

ソ連兵の顔が見えるソ満国境(中国東北部)で守備隊を務めてたんや。

向こうの兵士、まだ幼かった。

こっちも20代前半やったけど。

凍傷におびえながらその酷寒の地で2年ほど駐屯していたら、いきなり九州の宮崎へ移れと命じられて。

大陸から九州へは輸送船で向かったんやけど、2隻が米軍の潜水艦の魚雷で沈没したわ。

宮崎に着いたら、米軍の本土上陸に備え、日南海岸で連日、朝から晩まで塹壕掘りと土嚢積み。

ほんまにしんどかった。

あぁ、ここで死ぬんやなと覚悟を決めてた。

1か月ほど同じ作業の繰り返し。

半日、休暇をもろうて都城へ行ったとき、戦友たちと一緒に玉音放送を聞いた。

街のどこかの運動場やった。

天皇さんの声、ほとんど聞こえなかった。

何を言うてるのかチンプンカンプンやったけど、これで戦争が終わったことだけはわかった。

「一人も殺さずに済んで、ほんまによかった」

心底、ホッとした。

涙は一滴も流れへんかった。

せやけど、3か月後やったか、復員して大阪駅に降り立ち、空襲で焦土と化した街を目にした瞬間、泣き崩れてしもうた。

日本が敗れた日、大日本帝国陸軍の兵長だった亡きオヤジ(当時、25歳)から生前、よく聞かされた話です。

ふと今日が近鉄上本町店で開催中の『「モノ」が語る戦争展』の最終日と知り、あわてて会場へ。

千人針、焼夷弾の模型、慰問袋、疎開用の服、米軍の情報宣伝ビラ(降伏を促す!)……。

興味深い品々がいっぱい展示されていました。

なかでも目が留まったのは、映画製作会社・日活の社員が出征した時の寄せ書き。

嵐寛寿郎、片岡千恵蔵、月形龍乃介、志村喬、マキノ雅弘、稲垣浩……。

往年の映画スターと監督の名前がびっしりと記されていました。

実は、それを「解読」したのがぼくでした。

映画評論家となっていますが、ぼくはそうではありません(評論をしてことがありません)。

エッセイストです。

主宰者の1人で、、『孫たちへの証言』の出版を続けている福山琢磨さんから調べてほしいと依頼されました。

会場はほとんど年配者。

若い人たちにもっと戦争の悲惨さと愚かしさを知ってほしいです。

戦争がどんどん風化しているだけに、今こそ戦争教育の「新機軸」を打ち立てるべきだと思っています。

8月 14

八尾の心合寺山古墳を訪れて……

昨日、衝動的に大阪・八尾の田園地帯へ足を運びました~💨

生駒山脈のすそ野にある心合寺山(しおんじやま)古墳を見たくなったから。

アクセスはこんな感じです。

自宅⇒(地下鉄)⇒難波⇒(近鉄)⇒山本⇒(近鉄バス)⇒大竹⇒(徒歩)⇒古墳

1時間足らずで到着できました。

大竹バス停から生駒山脈方面へ緩い坂道をてくてく登っていくと、のどかな光景が広がっていました。

八尾には何度も来たことがありますが、この辺り(最東部)は初めて。

5分も経たないうちに古墳にたどり着きました。

南北160メートル。

5世紀前半に造営された中河内最大の前方後円墳です。

前からずっと気になっていたのですが、なかなか行動に移すチャンスがなくて……( ;∀;)

以前は雑草が生い茂るありきたりな丘だったそうですが、数年前、整備・修復され、きれいな公園のようになっていました。

埋葬者は皇族ではなく、地元の豪族なので、古墳の上に登れます~💡😁

そこに遊歩道が敷かれていたのにはびっくり。

堺、羽曳野、藤井寺、柏原、八尾……、大阪の南東部はほんま、古墳の「宝庫」ですね。

池をはさんで古墳を眺めていると、ヨーロッパに点在する古代ケルトの城塞と何となく似ているような気がしました。

〈向こうは紀元前5世紀以前、こちらは紀元後の5世紀……。1000年もスパンがあるのに、面白いなぁ〉

そのうち、ムラムラと執筆意欲が高まってきました。

そうなんです、過去5年間に欧州各地で古代ケルト遺跡をつぶさに探査(取材)してきておりまして、それらをまとめて『ヨーロッパ古代『ケルト』紀行』という本にまとめようと思っています。

ところが、『ウイスキー アンド シネマ~琥珀色の名脇役たち』(淡交社)や『大阪「映画」事始め』(彩流社)などの本を出すことになったりして、なかなか執筆に取りかかる時間がなくて……。

というより、なかなかモチベーションが高まらなくて~という方が正解です。

11月出版予定の『ウイスキー アンド シネマ 2』が一段落したので、頭の中を映画とお酒から「ケルト」へシフトし、そろそろ『ヨーロッパ古代『ケルト』紀行』に向けてアクセルを踏み込もうと思った次第。

ベネルクス三国(ベルギー、ルクセンブルク、オランダ)、ポルトガル南部、フランス南部と西部、ドイツ南部と西部、スペイン中部……。

地域が多岐にわたっており、情報量もやたら多く、まとめるのが大変だと思います。

でも、ちゃんと記録として残しておきたいので、始動します!!!

まさか日本の古墳を見て、遠く離れた欧州「ケルト」の執筆の動機付けになろうとは思わなかった……(笑)

八尾にやってきてよかった、つくづくそう思いました。

7月 31

フランスの大女優、ジャンヌ・モローさんが天国に召されました

フランスの世界的な大女優、ジャンヌ・モローさんが永眠されました。

享年、89。

大好きな女優さんのひとりでした。

『死刑台のエレベーター』、『突然、炎のごとく』、『黒衣の花嫁』……。

知的で洗練された演技が忘れられません。

ぼくが古巣新聞社の文化部(映画担当)記者だった1997年9月26日の夜、京都のホテルでモローさんと単独インタビューしました。

このとき、66歳。まだまだお若かった。

京都国際映画祭(東京国際映画祭の京都バージョン)の審査委員として来日されたので、映画祭事務局に何とかお願いして取材させてもらったんです。

非常にインテリジェンスの高い人で、ぼくの質問に対し、間髪入れず回答していただきました。

日本映画に関心を持っておられ、「日本では年間、何本の映画が製作されているのですか?」と逆取材されました(笑)

お母さんが英国人とあって、英語もべらべら。この時はフランス語でしたが……(もちろん通訳付き)。

翌日の夕刊一面に掲載されました。原稿最後の「(好)」はぼくのことです。

その日行われた映画祭の記者会見で、モローさんがぼくを見つけ、満面の笑みで手を振ってくれはりました。

めちゃめちゃうれしかった!!

最高の思い出です~(^^)/

安らかにお休みください。合掌……。

7月 29

亡き母親に捧げる曲『温もりの日々』~♪♪

母親が亡くなって、25日が経ちました。

喪中の間、何かと自粛するのが常ですが、うちの「お母ちゃん」は気楽な、かつ明るい人でしたので、そんなことしていたら、「何を陰気なことやってるのん」と叱られてしまいます。

なので、悲しむよりも、甲子園観戦、ちょかBandのライブ、ランニング、飲み会……と、いつも通りアクティブに動いてきました。

それが供養になっていると思うています。

40代(?)の「お母ちゃん」

もう1つ、供養しました。

「お母ちゃん」の歌を創作したんです!

12年前に他界した父親を追悼した曲『あの日、あの頃』を母親が知り、ちょっとやっかみはりまして~(笑)。

「うちの曲も作ってな」

「わかった、わかった。死んだら、作ったるわ」

軽い気持ちでこんな約束をしたんです。

永眠してから、それが「遺言」のように思えてきまして……。

さる5月22日、近くにある靭公園のバラ園を見に行った時、ふと母親のことを思い浮かべました。

この時は、体調を崩し、すでに入院していました。

「お母ちゃん、どうしてるんやろ。そろそろ見舞いに行かなあかんなぁ」

心配しながら、香しい匂いを放つ色とりどりのバラの花を眺めていると、軽やかな明るいメロディーが頭に浮かびました。

音楽の神サンからのプレゼント!

まさにそんな感じでした。

このメロディーにしかるべき歌詞をつければ、母親に贈る曲ができると思い、幼いころの記憶の糸をたぐり寄せていきました。

そして、ついに完成しました!

『温もりの日々』という曲。

稚拙な歌詞ですが、飾り気のないぼくの素なる気持ちです。

湿っぽくなく、全く追悼曲らしくありません(笑)。

「お母ちゃん」がめちゃ喜びそうな歌やと思うています。

悔やまれるのは、この曲を元気な時に聴かせてあげたかったということ。

まぁ、今さら言うても、詮のないことです。

ちょかBandのライブでお披露目します。

お楽しみに~♪♪

以下、歌詞を公開します。

オヤジさんへの追悼曲『あの日、あの頃』の歌詞も添えておきます。

7月 11

50年前の長編大作『人間の條件』を観賞した主演、仲代逹矢さんの舞台挨拶~(^_-)-☆

今宵、梅田の映画館でのハリウッド映画完成披露試写会をキャンセルし、九条のミニシアター「シネ・ヌーヴォ」へ駆けつけました~💨🏃

同映画館で開催中の『生誕101年 小林正樹映画祭 反骨の美学』で、小林監督の代表作『人間の條件』(1959~61年)全6部が一挙上映されています。

この作品に主演した84歳の御大、仲代達矢さんが本作を鑑賞するために来館し、舞台挨拶をされました。

出演時は20代後半でした~❗

仲代さんを間近で目にできる最後のチャンスと思い、予定を変更した次第。

さすが圧倒的な存在感でした。

「『人間の條件』は偉大なるリアリズムの映画。軍国少年だった自分が、こういう骨太な反戦映画に出演でき、運命的なものを感じています」

「昔の日本映画は、スタントマンなんていないから、役者が体当たりで演技し、ゲンコツで殴られたりしてひどい目に遭いました(笑)。でも、絵(映画)になって素晴らしいものになればいいなと思っていました」

さらにこんな裏話もーー。『人間の條件』の1、2部を撮ったあと、半年の休暇期間中に黒澤明監督から声がかかり、『用心棒』に出演。3、4部のあとの休みに『椿三十郎』の撮影に臨んだーーなどなど。

こうした生きた証言を肉声で聞くことができ、ほんまに、ほんまにうれしかったです~💡😁

仲代さんは、明日(12日)も『人間の條件』完結編をシネ・ヌーヴォでご覧になられ、そのあと舞台挨拶されます(午後3時40分ごろ)。

蛇足ーー。この映画、学生時代に全6部を通しで観ました。戦争に巻き込まれたら、ヒューマニズムなんて呆気なく吹き飛んでしまう、そのことを強く実感した忘れ難き作品です。

7月 05

90歳の母との別れ……

母親(武部多賀子)が4日朝方、入院先の岡山の病院で永眠しました。

享年、90。大往生でした。

 

大阪・玉造の小さな印刷屋の「お嬢さん」として生まれた生粋の浪花っ子。

母の父親(祖父)が経営するその印刷屋で丁稚奉公していた、上六(上本町六丁目)生まれの亡き父親と見合い結婚しました。

人柄は、頑固な職人気質のオヤジさんとは全く対照的。

おおらか、楽天的、おっとり、能天気、ええ加減、ずぼら、わがまま、怖がり、忍耐強くない、喋り、ゲラ、お調子者、明朗、ええカッコしい、放任主義、世間知らず、八方美人、メロドラマ大好き、そしてミーハー(嵐の松潤の大ファン!)……。

そんな母親がぼくは大好きでした!!

 

遺伝子のいくつかが確実に受け継がれていますしね~(笑)

高校時代、友達を家に連れて来ると、母親はきまってお好み焼きを大振る舞い。

 

「めちゃめちゃ美味い!」と友達からおだてられ、それを真に受けて、「いつかお好み焼き屋のおばちゃんになる」と本気で言ってましたが、その夢叶わず。

晩年は兄夫婦が暮らす岡山に転居。

 

たまに会いに行くと、大好物のバッテラと鉄火巻きを摘まみながら、「何でもええから大阪のこと喋って」とせがまれました。

 

大阪が恋しくてたまらんかったんでしょうね。

ぼくが弱音を吐いたり、悩んでいたりすると、「そんなん別にどうでもええやん」が口癖。

 

ほんま、無責任な親でしたわ~(笑)

実に穏やかな死に顔でした。

 

卓抜した化粧の技で、びっくりするほど若返り、べっぴんさんに変身してはりました。

88歳の誕生日に撮影した遺影とは別人でした(笑)

 

若い時の写真も出てきました(撮影時期と場所は不明??)。

 

基本、オシャレな人でした。

なので、戒名は「多幸装美大姉」と命名されました。

通夜、告別式を終えた今、この言葉しか出てきませんわ。

「お母ちゃん、ほんまにおおきに、ありがとさんでした~!!!   お父ちゃんとあちらの世界でお幸せに~!!」

7月 02

単行本『安倍三代』(朝日新聞出版)~安倍首相のもう1つの系譜を徹底検証

非常に面白い本を読破しました。

 

『安倍三代』(朝日新聞出版)。

 

 

現在、総理大臣で自民党総裁の安倍晋三、父親の自民党代議士、安倍晋太郎、父方の祖父、安倍寛(かん)。

 

安倍家の三代にわたる系譜を、ジャーナリスト青木理(おさむ)氏が綿密な取材に基づいて解き明かしています。

 

青木氏は元共同通信記者。

 

関係者にとことん当たり、徹底取材を貫いています。

 

右寄り、独断的な政治を邁進する安倍晋三首相がいかにして誕生したのかがよくわかりました。

 

幼いときから成蹊大学時代まで、安倍首相は「ええしのボンボン」で、ほとんど政治に興味を示さず、すべてにおいて凡庸だったことを知りました。

 

それが社会人になって神戸製鋼に就職後、政治の世界に足を踏み入れてから、今のような強直な政治家になってしまいました。

 

そのときいろんな個人・組織が彼を「洗脳」したであろうことが伺われます。

 

祖父の安倍寛はリベラルな反戦派で、大政翼賛会から距離を置き、独自に選挙活動を展開し、国会議員に当選しました。

 

まさに反骨の士。

 

安倍首相とは対極にあります。

 

父親の安倍晋太郎も自民党の中では非常にリベラルな人で通っていました。

 

なのに、安倍首相はどうしてかくも真逆のベクトルを取るようになったのでしょうか。

 

そこに大きな影響を与えたのが、「昭和の妖怪」といわれた母方の祖父、岸信介。

 

全国的に強行な反対がありながら、日米安保条約を通した岸信介の生きざまに安倍首相が共感していたのは間違いないようです。

 

同じ祖父でも、安倍首相が生まれたときにはすでに他界していた父方の寛ではなく、幼いときに寵愛された母方の岸信介に敬愛していたということ。

 

それが通奏低音となり、政界に入ってからさまざまな「入れ知恵」によって、今の安倍首相が形成されたのでしょうね。

 

本書では、さまざまな「入れ知恵」については言及していません。

 

周知の事実だが、日本会議をはじめ右派の重鎮その他諸々……。

 

おそらく感化・影響されやすいタイプなのかもしれませんね。

 

こんな言葉があります。

 

本書の中でも紹介されています。

 

「偏信を捨て、兼聴せよ」

 

1人の言うことだけを信用せず、多くの人の率直な意見に耳を傾け、その中からこれはと思う意見を採用すること――です。

 

今の安倍首相は、祖父(寛)、父(晋太郎)がポリシーにしていた「偏信を捨て、兼聴せよ」を無視しているように思えてなりません。

 

今日行われた東京都議選の結果がその証左だと思います。

 

この本はぜひお読みください。

 

ここまで執拗に言うのは、ぼくが安倍首相と同じ昭和29(1954)年生まれだからです~(^_-)-☆

 

7月 02

西川光男さんの陶展を堪能~(^_-)-☆

かれこれ40年前、古巣新聞社の新米記者時代、初任地の京都で自社の先輩諸氏のみならず、他社の記者にも随分、お世話になりました。

 

その1人が産経新聞社の西川光男さん。

 

8つ年上で、京都府警担当のサブキャップをしてはりました。

 

非常にフットワークの軽い方でした。

 

右も左もわからないぼくに、折に触れて、いろいろアドバイスしていただき、本当にありがたかったです。

 

その西川さん、新聞社からFM802に移って要職を務められてからリタイア。

 

1999年に信楽焼の世界にはまり、今や陶芸家として活躍してはります。

 

今日(7月2日)、京都で開催中の陶展(最終日)を鑑賞してきました。

 

 

久しぶりにご本人と再会でき、楽しいひと時を過ごしました。

 

これまで2、3回、個展に足を運び、作品を見させてもらいました。

 

酒器や花器が多かったのに、今回はトルソを中心としたオブジェの数々……。

 

芸術性がよりいっそう高まり、着実に進化してはるなぁと実感しました。

 

とにもかくにも、ええ塩梅で年齢を重ねてはるのがすごくうれしかったです。

会場で京都時代、産経新聞の後輩記者だったKさん(のちに大阪本社編集局長!)のご一家ともお会いでき、びっくりポンでした。

 

こういうひと時、ええもんですねぇ~(^_-)-☆

6月 27

今日、誕生日です~(^_-)-☆

知らぬ間に63歳になりました。

この世に生を授かってから、63年間も生きてきたとは驚きです。

高校時代、「オレの寿命はせいぜい60歳くらいやろ」と思っていましたから、随分、長生きしています~(笑)

しかし、まぁ、これからですわ。

やらねばならないことではなく、やりたいことがぎょうさんありますので、一つ一つじっくり押さえていきます。

別に押さえやんでもええんですがね~(^_-)-☆

で、この1年、どう生きていくか!?

ぼちぼちと、ええ塩梅に、そしてイチビって~をモットーにやっていきますわ。

そして、2年前、還暦の思い出にと放浪してきた南インドで心に決めたことを実行していきたいと思っています。

それは……、毎日、可能な限り、「酔い一日」にしよう~ということ。

つまり……。

新たな出会いに酔い、心地よい語らいに酔い、やりがいのある仕事に酔い、歌とギターに酔い、心染み入る芸術(映画、小説、絵画、演劇…)に酔い、旅で訪れる見知らぬ土地に酔い、軽やかなランニングに酔い、阪神タイガースの勝利に酔い、クリエイティブなことを考えることに酔い、そして正真正銘、楽しく美味しいお酒に酔い……などなど。

酔い尽くしです~(^_-)-☆

だれか酔い止めの薬、くださいな~(^o^;)

これからもよろしくお願いします~!(^^)!

イェーツ~(^.^)/~~~

6月 18

展示会『柳原良平 アンクル船長の夢』

トリスウイスキーをこよなく愛した鼻の尖がった二頭身のジェントルマン。

 

ご存知、「アンクルトリス」~!

 

そのイラストを手がけたデザイナー・画家、柳原良平さん(1931~2015)の作品を集めた展示会『柳原良平 アンクル船長の夢』を鑑賞してきました~(^_-)-☆

 

北新地の馴染みのバーテンダー、Aさんから招待券をいただき、仕事の合間の夕方、会場の尼崎市総合文化センターに駆けつけました。

 

ありがとうございました!

 

 

トリスの広告デザインもさることながら、船の超オタクで、味のある船舶の絵画を数多く創作されておられます。

 

まさに「好きの力」を見事に具現化してはりました!!

 

想定外に見ごたえある展示会でした~!(^^)!

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